2018年3月15日 (木)

買い替え

趣味で楽器を習っている。下手の横好きだけど本人が楽しければそれでいいのだー、と割り切って下手なまま。習い始めた最初の頃は、これでも一応は上達を目指して検定試験の対策レッスンも受けていたことがある。でも面白くない(>_<) 楽しくない。やっててつまらない。どうも性に合わない。これが10代だったら、まかり間違ったらそちらの道に進む可能性も考えて検定試験にも取り組んだかもしれないが、もうそういう可能性も才能も意欲もないし、プロになるわけじゃないんだったら試験なんてどうでもいいじゃん、と切り替えて今はひたすら好きな曲だけを好きなようにやっている。おかげでレッスンは最高に楽しい(*^^*) 勝手気ままな生徒で先生は大変だろうけれど。ここ数年はずっと、年2回の発表会に向けて、半年に1曲のペースで楽しんでいる。

何が勝手気ままかというと、私は市販の楽譜がない曲ばかりをやりたがるのだ。いつも先生と二人三脚で楽譜作りから始めることになる。私には耳コピ能力はないので、まず先生が耳コピして叩き台の楽譜を手書きしてくださり(これって毎回ホントに申し訳ないと思ってはいるのですよ…だって先生はその分まるごと自宅残業状態なわけだから…)、それを元に私がパソコンに入れた楽譜ソフトで4段譜に起こす。あとはレッスン時にPCを持参し、楽譜ソフトに演奏させたものを先生と一緒に聴きながら、「ここの音、ちょっと変えた方がいいかも」とか、「このままだと演奏しづらいんじゃない? こっちの和音に変更してみたら?」とか、先生にアドバイスをいただきながらこまごま修正を入れて細部を完成させていく。こういうレッスン時の遣り取りもまた楽しい。

絶対音感がなく、自分で耳コピができない私にとって、楽譜ソフトは強い強い味方だ。これがなかったら、楽譜が市販されていない曲をやりたいなんていうワガママはまず無理だろうなぁ。愛用している楽譜ソフトはもう10年以上前のもの(今調べたら2007年版だった)。XP時代のものだし。でもプロになるわけじゃないし作詞作曲するわけじゃないし、趣味で遊びで使ってるだけだから、もうホントにこれで十分、これ以上のものが欲しいなんて思わないし、そんな贅沢をする気はない。

…のに。バージョンアップのお知らせが来るわけです…orz 今回はここ数年来の鳴り物入り大改訂らしく、買い替えしませんか?というDMが来る前から、音楽関係の友人たちの間では、今回の改訂版すごいよ、という話を聞いていた。なにしろコーラスができるらしいのだ! ぎゃースゴイ!(≧▽≦) まぁこれだけボーカロイドがもてはやされている時代に、楽譜ソフトでそういう機能が今まで無かったほうが不思議とも言えるけれど。いいなぁ、コーラス機能かぁ。試してみたいなぁ。でも買い替えるとなると、また結構な予算が…orz

いや、でもでもでも、ちょっと待って。それを言うなら先に辞書を買い替えなきゃならないんじゃないのワタシ? 鳴り物大改訂は楽譜ソフトだけの話ではない。各種の辞書だって大改訂の話はアチコチで耳にする。楽譜スコアがなければ楽譜を作れない私は、同じように、辞書がなければロクな翻訳が出来ないのだ。こっちは趣味でも遊びでもないのだから、まずはこっちが先でしょう。3~4月という時期は辞書もキャンペーン価格になることが多く、そういえば去年はロ○ヴィスタの半額セールもあったような記憶が…。広辞苑の新版は、周囲の辞書好きの同業友人に訊いてみたところ、買い替えるかどうかまだ検討中とのこと。昨今の新しい辞書は独自のプラットフォームが多くなっているので、EPWING形式で串刺しできないというのもネックだ。私はMedDRAだけは手作業でEPWING形式に作り変えているけれど、他の辞書ソフトでそういうことを自力でやるような知識はない。

そういえばこんなのやってますね。
[ 理・工・農・医 ]​​自然科学系和英大辞典 CD-ROM
https://www.ogurashoten.com/

月例翻訳勉強会でご指導いただいている先生はいつも、「辞書は新しいものを使うように」とおっしゃっていて、これは要するに改訂版が出たらそのたびに買い替えなさい、ということでもある。辞書が紙だけだった時代であればそれは間違いないのだけれど、媒体が複雑になってくると、使用環境に対応できるかどうかはとても重要だし、対応していなければ結局は使いづらくてタンスの肥やし(HDの肥やし?)にもなりかねない。月極料金のオンライン辞書でいいんじゃないかという気もしてくる。書籍は図書館で済ませられても、辞書はそういうわけにはいかないし、今も昔も「辞書は金で買える実力」と言われていることに変わりはないし(特に私みたいに単語力がないヤツにはまぎれもない事実)。う~ん、辞書の買い替え、悩みます。楽譜ソフトをどうするかは、取り敢えずそのあとの話。

ちなみに私が今パソコンに入れて使用している辞書は30種類くらい。英語・国語系辞書(いわゆる英和、和英、英英、国語辞書)などと、医学系辞書(医学、バイオ、科学技術など)がほぼ半々。辞書の話は多分以前にブログ記事に書いたことがあるような気がするけれど(ステッドマン英和はダメだと師匠に言われた話とか)、ひととおり揃えてからはあまりバージョンアップしていない(MedDRAだけはこまめにやってますが)。世間の言葉の移り変わりももちろん大きいのだけれど、どちらかというと医学や専門的技術の進歩のほうが早い(ほんの数年違うだけで治療の基礎概念が変わったり新たな発見が業界のスタンダードになったりする)ので、英語辞書や国語辞書よりも、専門系辞書のほうが一定期間ごとに買い替え必須ではある。と言い訳しながら今のところ広辞苑を見送っているのだけれど、医学系辞書の改訂版が出たら買い替えなきゃならないなぁ。

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2018年3月 9日 (金)

自己認識

先日ネット記事でこんなものを見かけました。
「足を切り落としたい…」自ら障害者になることを望む人々の実態
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180306-00054713-gendaibiz-bus_all&p=1

うっわ…なんじゃコリャ。この業界で10年以上なので、どんな疾患、奇病、難病、不思議な病気、いろいろ見聞きしても、それほど驚くということはないのだけれど、コレは想像の上を行くのでメチャメチャ驚いた。こんな疾患があるのか…というよりも、これを疾患と言っていいのか?というのが正直な気持ち。確かに性同一性障害のように、本人がものすごく苦しくて生きていくのも辛くて、このままだったら自死を選びかねないというような人に医療の手を差し伸べるのは正しいのだろうけれど、でもこのテの社会的疾患(=肉体的には健康でどこにも機能的異常はない)というのは、ある意味、社会や教育が生み出しているものでもある。極端な話、そういう人が仮に山の中とか無人島で独り暮らしだったら、そういう疾患にはならない(気づかないし意識もしない)わけだから。

自己認識(セルフイメージ)と現実が違うために心理的障害に陥り、周囲にも理解してもらえない辛さも重なって苦しい、だから医学的処置が必要、というのは、拡大解釈していくとキリが無くなる気がする。この記事の疾患を否定するわけではないけれど、たとえば、「自分は日本人であるという現実が受け入れがたい。私はフランス人のハズなのに!」ということを心の底から思っていて生きることが苦しい人がいたら、じゃあその人をフランス人にしてあげるの? 自分が身長150cmなのはおかしい、本当は自分は180cmのイケメンのハズだ、こんな自分の姿では苦しくて生きていけない、という人がいたら、身長を継ぎ足して(?)イケメンに整形するの? 自己認識って、結局は社会生活の写し鏡なので、成長過程、親や周囲の扱い方、扱われ方、自分が他者にどうみられているのか、他者が自分にどう関わるのかという関係性で育まれていくので、これまたやっぱり、無人島で暮らしてたらそういう障害は生じえない、つまりは社会が生み出した障害だからこそ、社会がどうにかできるものなんじゃないだろうか。患者の健康な肉体に医学的にメスを入れなくても。それなのに、患者の体を切って解決しようというのは、結局は個人の責任にしておいたほうが簡単だから。社会構造とか社会的慣習とか、もっと広く世間の人々の考え方を大きく変えるような手間ヒマかかることよりも、個人の障害レベルに落とし込んで、患者ひとりにメス入れておけばそれで万事解決という考え方が気に入らん。

別の記事で、「教育や文明は人間を弱くする」というのを読んだのだけれど、これまた然りだなぁと感心した。教育や文明がない段階(野生状態)だと、人間は残酷で自分のことしか考えない(いや、現代は教育を受けていても残酷で自分のことしか考えない人間は多々おりますが…orz)。よくある例として、幼児は蟻の列を踏んで面白がったり、蝶やトンボなどの羽をむしって遊んだりするけれど、小学生や中学生になるとそういうことをしなくなる。命を大切に、って叩き込まれるからだ(幼児にとって蟻が命だという認識はない)。かくいう私も幼稚園生くらいのときは蟻を踏んだ記憶がある。今だったら別の意味で絶対にイヤだけど(ムシ嫌い!大嫌い!見たくない!触りたくない!)。教育って、アレをしちゃいけないコレをしちゃいけない、というルールだから、社会生活の中でどんどん不自由に不自然になっていく(=我慢を強いられる)。四六時中いつも蟻を踏み潰したいのを我慢しているということじゃなく、理不尽な上司に反論せずに我慢しようとか、満員電車の中で押されても文句言わず黙っていようとか、友達に約束を破られてもグっと怒りを飲み込もうとか、そういうのって教育とか文明とかの結果で身に着けてきたもの。そのおかげで社会はスムーズに回るようになるけれど、個々人の負担は大きいんだよなー、と実感する。挙句に、社会が作り出した病気、社会の弊害の極め付けみたいな病気が生まれても、社会のほうは何もせず、個人の原因にしちゃうわけか、というのが、なんか遣りきれない感じがする。

同業の友人が、米国の医療ドラマでこの疾患を扱っているのをみたと言っていた(ドラマ「Chicago Med, Episode 13, "Us"」)。アメリカではもうテレビドラマになるくらい認知度がある疾患なのか…。日本でもこれから社会に受容されていくのだろうか。それでもやはり、もっと根本的な部分で「社会が変わっていく」ことが必要に思えてならない。

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2014年1月24日 (金)

少し菜食

同業友人にはベジタリアン比率が高い気がする。この分野の仕事を選んだキッカケが自身や家族の病気という人も多く、おそらく一般より健康に気を使う比率が高いのだと思う。ノホホンと何も考えずに健康を享受し、あまつさえ自分で健康を蝕むような、しょーもない不摂生な生活をしている私はそういう彼らの姿勢を見ると恥ずかしいやら申し訳ないやらなのですが。月刊誌「Vegetarian Times」などという雑誌も彼らが愛読しているようで、私もときどきチラ見しますが…作れそうもないです(^^;
http://www.vegetariantimes.com/

宗教上の理由によるベジタリアンやビーガンではないため、彼らは言うなればフレキシタリアン。そもそも日本ではベジタリアンを通すことが難しく、状況に応じて臨機応変に対応しなければならないので、必然的にフレキシタリアンにならざるを得ないのだろうけど。でもガチガチにベジタリアンを通すのではなく、状況次第で今日はちょっとベジタリアン、明日は外食でちょっとお肉もシーフードも、という感じの軽いベジタリアン(もどき?)なら私もやってみたいかも(^^; 不摂生な日常で一番足りないのは野菜(と運動)だから、野菜メインで食事する日を週に1日くらい作ったほうがいいとは思っているのだ。週6日ベジタリアン+週1日フレキシブルに肉も食べるという正統派(?)フレキシタリアンからすれば邪道だろうけれど、週6日フレキシブル(というかジャンクフード…)で週1日ベジタリアン。。。ダメですかね、やっぱり(^^; なんとなく週1日だけでも浄化されないもんかなーと思ったり。でも広い世の中、似たような考えの人も居るようで、「Meatless Mondays」という、週に1度は肉をやめてベジタリアンしましょう、というのもあるらしい。それくらいだったら出来るかも、、、(週に1度の休肝日のノリみたいだなぁ)。
http://www.meatlessmonday.com/

昨年ちょっとだけオンサイトの翻訳バイトに行った会社の近くにビーガンレストランがあり、何度かランチに行った。雑穀玄米も美味しかったし、大豆ミートのメインディッシュ、カラフルな野菜の副菜が数種類、野菜スープに野菜ジェラートなど、どれも優しい味わいで体にスーッと入ってくる感じだった。近くにああいうお店があればもっと頻繁に行けるのだけど・・・。自分で作るのはムリ(^^; 以前、仲間と普茶料理で食事会をしたことがあるが、そこのお料理もまたすばらしく美味しかった。殺生をしない(肉や魚は使わない)お料理なのだが、あっさり淡白なイメージのある精進料理とは異なり、普茶料理はどれもしっかりした味付けで、特にうなぎの蒲焼もどきは、言われなかったら本当にうなぎかと思うくらいで驚いた。あんなご馳走、到底自分では作れません・・・。「終電ごはん」というレシピ本のタイトルが気に入って購入し、ぱらぱら中身を見た限りではシンプルで私にも作れそう。でもこういう本はきっと、普段しっかり料理する人がどうやってうまく手を抜くかのヒントなんだろうな。もともと手抜き満載なワタシみたいな人間のためでないのは確かだ(笑)。ひとつ発見だったのはお豆腐コーナー。夜遅くにお豆腐を食べる(というよりも、お豆腐で済ませる)人が多いのだとか。へぇ、考えたこともないや。いずれやってみよう。ちょうどタイミングよく、ネットでお豆腐レシピのコラムなんぞも見かけた。

本の中で作ってみたいなぁと思ったお豆腐ごはんレシピ(豆腐雑炊)。
*レシピはわざと切れるように写していますのでご了承ください(^^;

Dsc_0392

終電ごはん http://goo.gl/rQv5hA
おもしろ豆腐レシピ http://wol.nikkeibp.co.jp/article/trend/20140109/170702/?woml

こうした動きは昨年New York Timesがフレキシタリアンを取り上げたあたりかららしい。昨年末にはFDAが加工食品のトランス脂肪酸の規制に動き出したという話題もあった。くだんの同業友人ベジタリアンたちもトランス脂肪酸には敏感で、市販のお菓子を買うにもトランス脂肪酸はいつもチェックしている、と言っていた。…すみません、気にしたことなくて何でも雑食のワタシ(^^;; まぁ和食ベースはそれだけで健康的なイメージもあるのだが、いつまでも健康貯金があるわけでもないので、これからはもう少し菜食を取り入れて、せめて週1日くらいはベジタリアンもどき生活をしたい…できる範囲でフレキシブルにゆるゆると。
http://www.nytimes.com/2013/04/24/dining/healthy-meet-delicious.html?_r=1&

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2008年7月31日 (木)

現状維持

さすがに3ヵ月も放っておくと何を書いて良いやら状態なのだが…。久しぶりすぎて、きっともう誰も見ていませんね(笑)。まぁ4月5月は怒涛の忙しさで何がなにやら、でした。その後は反動でぐーたら三昧、気力体力意欲低下で気分は廃人状態でしたが。今でもあんまりノーミソ的には変わらずに廃人ですが。

今年の夏は感覚的にあまり暑くない(←世間の反応と反するおかしなヤツである)。ずっと冷房の中だからか。そうかもしれないけれど、暑さの質が違う気がする。なぜだろう。私が暑さに鈍感になっているのかもしれない。さもありなん。人間、トシとともにナニゴトに対しても鈍感になろうというものだ。

ヤル気のなさに比例しておうち仕事の依頼もパッタリである。というより、3月くらいから依頼パターンが変わってきた。月に1~2度、ちょっと分量(と納期)のたっぷりしたものが1本ドカンと来る、という感じ。ゆるゆるそれに取り組んで、納品してしばらくボーっとして。そうこうしているうちに、また大き目のものが1本ドカンと。もともと私は小さな案件(=納期が逼迫しているもの。「明日までにお願いします!」といったようなもの)は今までもほとんどお引き受けしていないし、エージェントさんも私が2足ワラジなのをご存知なので、そういった急ぎの案件には対応できないと判っているからだと思うけれど、それにしても、おうち仕事の本数が月に1~2本という状況では、、、う~ん。完全在宅化計画はアヤウイ。やはり意欲低下が問題かなぁ。自分の意欲が低下していることに対しても鈍感なのだ。

いろんな意味で停滞中。たとえば新しい書籍や辞書やソフトにも、あまり目が向かないというかアンテナ停止中。守りに入っているというか、現状維持で精一杯というか。でもそういう時にムリにジタバタしても仕方ないし、進むために止まる時間も必要だよなぁと自分に都合の良い解釈をして(笑)、今日もノンビリ停滞中である。

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2008年2月 3日 (日)

リハビリ

ぐーたらしているうちに2月になってしまった! うーむ、ここ最近ではかなり重症度の高いぐーたら低空飛行状態。ヤル気なし、気力なし、エネルギーなし、ナニがどうでも良いという投げやり気分満載だ。とはいっても、1ヵ月近くもこんな状態ではさすがに日常生活が廃人一歩手前でヨロシクナイ。まぁ普段から廃人度の高い私なので(笑)、実情はあまり変化がないとも言えるのだが。

先日ちょっと会社で嬉しいことがあり、それをキッカケに気分停滞状態から抜け出せそうな気がしたのだけれど、自分で思っている以上にぐーたら病が体のすみずみまで行き渡っているらしく、週末は結局またぐーたらしている。まぁ一気に急浮上すると潜水病になりかねないので(?意味不明だ)徐々にリハビリするか、と相変わらずノンキに構えて、とりあえずほったらかしのブログのイラストだけ変えてみる私。いずれ低空飛行にも飽きるだろう。飽きなかったらどうしよう?(笑)

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2008年1月17日 (木)

意欲低下

年が明けてからどうも全般に意欲低下中。仕事意欲も、勉強意欲も、遊び意欲も低下中。唯一、食事意欲と睡眠意欲だけは増加中だ。他の日記にもそんなことを書いたら、どうやら同じような状況の人が多い。みんな正月疲れしているのかな。

私の状態なんぞはお構いナシに会社仕事がどんどん圧している。今週締め切り分、来週締め切り分、2月上旬締め切り分まで、かなりハイピッチで進めないといけない分量。でも意欲低下の上に、コンタクトが合わなくて仕事が捗らん。うーむ。先日、同業の友人とランチをした際にその話をしたら、こんなに長時間にわたって液晶を見続けなきゃならないんだから、翻訳の仕事にコンタクトはそもそも不向き、と断言された。その友人自身、仕事のときはメガネ、遊びに行くときはコンタクトなのだそうだ。そういうものか。でも確かにコンタクトで仕事をしていると疲労の度合いが増える気がする。。。

連休中、朝から冷たい雨が降っていた日に、ヤル気ナシのカラダを引きずるように起き上がって午前中から授業説明会に行ってきた。メディカルライティングの新しいコースを取ろうかどうか検討中だったのだ。ところが説明会で判ったのは、今期は受講希望者が少なすぎて開講できない、とういガッカリな情報。せっかく休日に早起きして、こんなところまで(=都会まで、という意味)来たのに! ガックリ来て、さらに意欲低下。

年末年始にわたってシリーズでお引き受けしていた論文はようやく今週すべて納品を済ませた。やはり論文は訳していて一番楽しい。原文が透けて見えない、日本語らしい日本語に和訳する、という翻訳の醍醐味を一番味わえるのは、やはり治験関係の文書ではなく論文だと思う。とはいっても、ヤル気ナシの意欲低下状態なので、楽しく仕事というよりは、ダラダラ仕事をしてどうにかこうにか納品したというほうが正しいが。お天気は冬晴れの快晴続きだけれど、なんとなくドンヨリしたこの気分が晴れるのはもう少し先かなぁ。

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2007年12月31日 (月)

この一年

ここ何年か、ずっと「来年こそフリーランスの翻訳者になる!」という目標を立てては、年末に「…下方修正…もう少し掛かりそう…」ということを繰り返してきたのだが。もちろん、今でもフリーランス翻訳者として仕事をしたい気持ちは変わらないが、今の勤め先に不満がないので、当面は二足のワラジでも良いかなぁと思っている。

何しろ勉強になる。翻訳エージェントさんに依頼する側の立場を経験させてもらえたり、会社のレセプションパーティでカリスマ通訳者さんに会えたりするのは、会社勤めをしているからこそだ。フリーランスの引きこもり自宅生活になったら、絶対にそんな経験は出来ない。治験用のプラセボのサンプルの味見をしたり(笑)、治験施設の選定会議に出席させてもらったり。今まで、ずっと何年も製薬会社で働いているけれど、こんなふうに中核部分に参加させていただける企業は今回が初めて。もちろん、会社に居れば参考資料や文献などが豊富にある(=個人レベルでは到底購読できないような定期購読の医学雑誌があふれている)というのもありがたいけれど、それより何より、翻訳会社とのやりとりの現場にいるということ、そしていろんな会議に出席させてもらえるというほうがずっと大きいように思う。当面は今の仕事を続けるほうが私にとってはベストなんではなかろうか。

もともと、そんなに焦って目標到達だけを目指しているわけではない。自分が納得できる形で進んでいけば良いと思っているので、完全フリーランス移行はもう少し先になりそうだなぁ。でも、来年は「おうち仕事」をすぐに修羅場にさせてしまうようなやり方は慎もう…。身が持たない(笑)。

この一年間、ご訪問ありがとうございました。好意的に読んで下さった読者さんも、悪意のある読者さんも(笑)。来年もお手柔らかにお願いいたします。

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2007年12月25日 (火)

横たわる

昨日から体調不良。シュラバは順調にシュラバ度を深め(笑)、仕事は一向に進まず退っ引きならない状態なのに、パソコンの前に向かうと気分がのらないだけではなく気持ちが悪い(パソコンのせいではなく、おそらく姿勢のせいなのだ)。

体調も思わしくないが、気分的にも非常にウツウツすさんだ気持ちになっている。まぁクリスマスだからなぁ。GWや夏休みやクリスマスなど、世の中が華やかで盛り上がっているときにはウツ病の人は盛大に症状が悪化して自殺率も一気に上がるものらしいが、何となく気持ちは判る。私は自分を責めるほど繊細ではないので(世の中のイヤなこと悪いことは、私のせいではなく他人のせいだと思っているし、他人のせいなのは神様がそうしたのだから、つまり神様のせいなのだ! 神様に責任転嫁するクリスチャンは私くらいではなかろうか?)、だから自分を責めてウツ病になることは有り得ないし、他のどんな病気に罹ってもウツ病にだけはならない自信がある。でも、世の中が盛り上がっているときにウツ病が悪化するというのは何となく判るんだよなぁ。

パソコンを放ったらかして少し体を横にすると随分とラクになる。じゃあ横たわったまま、寝転がって仕事できないものかしらん?と思い、可能な限りめいっぱい各種コードを延長してパソコンを移動。これでサクサク仕事が進めば大ラッキー…と思ったが、5分で断念。何もかも位置が悪すぎる!(当たり前だ、笑)。仕方なく、すべて元の位置に戻して、再びダラダラと作業開始。はぁぁぁ、やっぱり気持ちわる。。。

横になるというのは、単に睡眠を取る以上に大事なことなんだなぁ。先日の不眠不臥をやってのけた人は本当にすごいなぁ。ああ横たわりたい、薬の副作用も手伝って眠いのである。けど横たわったら100%、いや300%寝てしまうよなぁ。寝たら100%(いや1000%)仕事が終わらない。寝ている間に小人さんがやってきて仕事を片付けてくれるわけもないし。この3連休、ダラダラと仕事をし、合い間にダラダラと寝て、どうにもメリハリのない過ごし方をしながらシュラバ度を高めてしまった。終わったら思い切り寝られるのを楽しみに、何とかラストスパートしなければ。

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2007年12月11日 (火)

信頼関係

しばらく更新をサボっておりました。誰も読んでいないから、まぁ良いかと思いつつ。その間に無事にコタツを発掘し、さっそく根が生えてコタツから出られない生活。コタツ作業をしていると、いっそう姿勢が悪くなるのだけれど、アパートに掘りごたつを作る余裕もないので(高床式の畳セットを組めばアパートに穴を掘らなくても掘りごたつにはなるけれど…コタツ使用時以外にはジャマだし部屋が狭くなるので踏み切れない)、春まで腰痛との闘いかも。他には、以前お世話になった英語学校の同窓会があったり。特にシュラバっていたというわけでもなく、淡々と冬ごもりしております。

年末恒例なのだが、お手伝いしているボランティア翻訳サイトから、この1年間の年間翻訳担当リストの提出を頼まれた。締め切りギリギリでようやく提出。改めて自分が担当した翻訳タイトルを並べてみると…す、す、すくない…こんなに少なくて申し訳ないくらい少ない。

以前にも書いたが、そのサイトの開設まもないころに私はボランティアスタッフに応募した。いわば古株ということになる。とにかく人手が欲しいというときに、まんまと登録してもぐりこんでしまったとも言える(笑)。今はアタマ数が足りてきたために、登録時には翻訳トライアルもあるし、英語や医療関係の保有資格も以前より高いレベルで求められている。私なんか無試験で登録しちゃったもんね。当然ながら、ボランティアと言えどもヤル気の高い人、つまり一定量の貢献をしてくれる人が求められる。年間担当の本数を確認するのもそういう理由があるのだ。で、私は自分でものけぞるほど少ないのだ。去年も少なかった…今年は去年よりも、さらに少ない…。あわわー。

でもまぁそこは古株。担当本数が少ないくせに大きな顔をしている(=いや、担当本数は恥ずかしくて言えませんが)。サイトの管理人さんにリストを送付した後、お礼のメールをいただいた。今年も多大な貢献をしていただいてありがとうございました、と書いてあって、なにやら申し訳ないくらいだが。実のところ、年間担当本数とは関係ないところで、確かに管理人さんとは密接にやりとりがある。これも以前に書いたが、夜10時を廻ってから急遽頼まれた「翌朝締め切り」の校正を朝まで一緒に(互いにパソコンの向こうにいる、という意味だが)仕上げたり、新規ボランティア登録者用のトライアル案件をアレコレ相談しながら考えたり、サイトとの契約書(機密保持関連)のひな形を作ったり、いわゆる翻訳会社の料金体系はどうなっているのか相談されて知っている限りアレコレお答えしたり。来年もぜひサイトのアドバイザーとしてよろしくお願いします、と添えてあったが(笑、つまり翻訳者としては稼働率が低すぎて役に立っていないのかも)、別に私だけではなく、登録スタッフはみんな、翻訳以外でもいろいろなサポートをしているだろうと思う。ウェブサイト構築で協力しているスタッフさん、メルマガ発行のお手伝いをしているスタッフさん、私のように特に表には出ていないけれど、おそらく医学知識の部分で協力している方々(比較的新しいスタッフさんたちは、研究所勤めなど専門知識が豊富な方々が多いのだ)など、みんなそれぞれ有形無形で協力している。ボランティアサイトというのは本当に一人の力で出来るものではない。金銭的対価はないけれど、管理人さんや他のスタッフさんたちと信頼関係を築いて、自分もサイトを作り上げているメンバーの一人なのだという気持ちもある(=翻訳自体はロクに手伝っていないが…)。管理人さんも、杓子定規に「年間本数が少なすぎて規定に反するからアナタは登録スタッフ抹消!」などと言わずに居てくれることもありがたい(苦笑)。来年は…もう少し担当しよう…。

今年は私が登録している翻訳エージェントさんにも実際に足を運んで、担当の営業さんや翻訳コーディネーターさんと直にお目にかかる機会もあった。お互いに相手の顔が判るというのは信頼の第一歩なのかな。私は出不精で人と会うのもあまり得意ではないので、基本的にはメールだけで充分だと思っているのだけれど、一度はお目にかかっておくのも悪くない。それを言うなら、ボランティア翻訳サイトの方々と一度お目にかかりたいのだけれど、管理人さんを始めとする主要メンバーが関西ベースなのでちょっと難しいなぁ。

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2007年11月21日 (水)

深まる秋

しばらくブログを放ったらかしている間に、気が付けばもう11月下旬である。すっかり涼しく、というか肌寒くなってきた。おうち仕事をお引き受けするたびに修羅場だ夜なべだとドタバタしていたけれど、それも少しずつ慣れてきて、気持ちの余裕とまではいかないけれど1日のリズム(会社仕事+おうち仕事+その他モロモロ)が出来てきたように思う。まぁ、それに安心して、11月に入ってからオケイコごとやら外食やら買い物やらアフター5に結構フラフラしているものだから、結局はリズムが出来て順調に廻るハズのところにしわ寄せが行き、相変わらずドタバタしているのだけれど。でも心理的には以前よりラクになってきた気がする。

そうは言っても、ちょっとまとまった時間を確保したい。そろそろ冬支度をしなければならないのだ。11月上旬から少しずつ秋冬物衣類を引っ張り出して、寒いなぁと感じるたびに少しずつ厚手のものを探している状態なのだけれど、まだコートも出していないしこまごました衣替えが終わっていない。寝具は10日ほど前にようやく冬物にバトンタッチしたけれど、このところ週末に出歩いているので夏物のタオルケット類をまだ洗濯もしていない。そして何より、まだコタツを出していない! そろそろ夜は足元が冷えるようになってきて、パソコンを打つ手指も冷たく感じるようになってきたのでコタツの用意をしないと、おうち仕事(というより私の冬の生活)に差し支える。

ありがたいことにというべきか(それとも悲しむべきか)、昨日2本の定期案件を納品した時点で、約5ヵ月振りにおうち仕事の手持ち案件がゼロになった。というわけで、この3連休は大掃除+大洗濯+コタツ発掘作業の敢行である。使用時以外は部屋の隅で棚(?)状態になっているコタツなので、上に積み上げているものを片付けないと発掘できないのである…。コタツ布団も引っ張り出してお日様にあてたい。コタツのセッティングが終わらないと、私の冬場のおうち仕事環境は危機的状況になる。今週末はお天気が良いことを願って、気合いを入れて片付けるぞ。

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