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2018年3月17日 (土)

卵と鶏1

いつもあまり深く考えずにツラツラ好き勝手にブログを書いてるのだけれど、このテーマで書こうとしたらいつも以上に長くなりそうなので分割することにした。タマゴが先かニワトリが先かという話。たとえばインプット優先かアウトプット優先か。予習重視か復習重視か。準備と実践のどちらが大事か。結局はどちらも車の両輪で片方にだけ偏ることはないし、正解はないのだけれど。今回は予習と復習について。

エコノミスト勉強会に復帰して4ヵ月になる。復帰してからずっと、どうにも気になっている。予習と復習とではどちらが大事なのか。勉強方法は人それぞれだし、好みもあるし、他人がとやかく言うことではないので黙ってはいるのだけれど、それでも毎回やはり気になって気になって、床に穴を掘って叫びたーーーい…と思うくらいならここに書いておこう、ついでに自分の頭の中でもう少し整理して、今度の授業で生徒さんに話してみよう、と感じている。

正解がないから、とやかく言えないのは判っている。判っているけれど、個々の状況に照らし合わせれば、この実力であれば短期的にはどちらを優先すべきか、今この段階という場合はどちらを重視すべきかということは、おそらくほぼ誰でも答えは同じになる。目標、実力、環境、教材、性格などなど、いろいろな変動因子はあるのだけれど、コレが弱点でココを伸ばしたい場合はコレをやるとよい、とか、アレが目標でソレを克服したいなら今すべきことはコレ、という具体的な状況が判るのであれば、ほとんどピンポイントでやるべきことは見えてくる。

エコノミスト勉強会に参加しているメンバーは私も含めてみんな読解力の向上が目標で、あのレベルの英文をサラっと読んで理解できるようになりたいというのが究極の理想だ。きっとそんな日は来ないだろうなぁと思いつつ…^^;; ←これは別に自分を卑下しているわけではなく、外国人として英語を学んでいる自分にとって、呼吸するように自然にスっと英語を理解することは一生かけても難しい。スーパーマーケットのオンス表示(イギリスならポンド表示?)、日常会話にサラっと織り込まれるマザーグースや聖書のワンフレーズ、誰でも知っていて当然(と思われている)の超有名なスポーツ選手の噂話とか、そんなのが出てきたらそこで私の脳は全面思考停止に陥る。だからあくまでも「外国人学習者」の域は出ないけれど、でも眉間にシワを寄せたりせずにタイムやエコノミストを読めるくらいにはなりたい。

そのために必要なのは予習なのか復習なのか。そもそもこのレベルの英字誌を読もうというスタート時点で、すでにもう手取り足取り誰かに教えてもらわなければならない場所には居ない。初めてABCを見たり、be動詞とは何かというところからスタートするわけではないので、まずやってみて(=まず読んでみて)、判らないところを必要に応じて調べたり、あるいは必要な部分を類推するスキルを身に着けて調べる回数は最小限にする読み方のほうがいいというのが私の読解アプローチ。軽くサっと読んで判らない単語を予習しておくくらいで十分で、あとは勉強会のあとにじっくり読み返して復習という、復習重視の姿勢だ。予習に何時間もかけて、不安な単語や熟語を一言一句ていねいに調べて勉強会に臨み、終わった後は電池切れで復習しない、というのはちょっと順番が逆の気がする。そういうメンバーさんがいるので、うううう~ん、それじゃ読解力は身に着かないのでは…と思ってしまうのだ。そういう読み方をしていると、いつまで経っても辞書が離せなくなる。辞書ナシでも読み進めて、判らない部分は推定して補うという読み方ができないと、たとえばちょっと難しい内容のリスニングなどもできないということになる。相手が会話の中でこっちの知らない単語を使うたびに、「ちょっと待って!今、辞書引きますから」と言って止めるわけにもいかない(苦笑)。もちろん仕事の場合は別ですが。

翻訳勉強会でも、明らかに予習重視と思われるメンバーがいる。時間をかけて調べ物をしている様子がみてとれるので、スゴイなぁ~、ここまで丁寧に調べてるのか~と感心する。でも勉強会の場でディスカッションしたり、難しい部分をみんなでアレコレ悩んで話し合ったことを応用できないようなのだ。予習の段階で調べてもみんな判らなかった部分を、「きっとここはこういうことだろう、こういう意味であれば前後のつじつまも合うから訳語はコレで良さそうだね」などと一応の結論を得ることが多々あるのだけれど、しばらく経ってからの勉強会で同じ表現が出てきたときに対応できないようなのだ。あ~、きっと復習してないんだろうな、と判ってしまう。予習はもちろん大事だけれど、せっかく勉強会で話し合ったことをその後に活かせないのであれば、なんのための勉強会なの?ということになる。

個人的には復習のほうこそ大切だと考えているので、私自身は復習重視派だ。以前、異業種翻訳勉強会に参加していたことがある。異業種なので医学系だけではなく、金融、特許、IT、法律、文芸など、いろいろな分野の翻訳者が集まる勉強会だったので、課題となる翻訳文も、特定の業種に偏ったものではない文章だった。非常にレベルの高い勉強会で結果的に私はついていけず、1期終了後に脱会したのだけれど、その勉強会は予習重視だった。レベルが高いからこそできることで、初回に「自分の訳文の一言一句がこれでベストだという自信があり、これ以上直すところはないので課題を提出する、というくらいの気持ちで課題を仕上げるように。表現に迷う部分があるのは、課題に取り組む時間が足りていないということ」、と主催者に言われて相当にビビってしまった。仕事に対してはそういう姿勢でやるけれど、私は勉強って試行錯誤が許される場所だと考えている。試行錯誤なので、「コレでいいかなぁ、それともコッチがいいかなぁ、えーい試してみちゃえ」という実験が許される場所。だって勉強なんだから。ここまで思い切った訳語だと意訳すぎるかなぁ?とか、こんなにザックリまとめて訳すと判りづらくなるかなぁ?とか、迷いながら課題を出して、他のメンバーからの様々な指摘を受けて妥当なラインを掴んでいくのが私の勉強会の位置づけ。決して「やっつけ翻訳」ということではなく、考えて迷って迷って、迷ったままでもいいんじゃないか、と思っている。

その迷いを晴らすのが勉強会であり翻訳学校の授業であるというのが私の考え方。仕事でこんな冒険や実験は決して許されないけれど、勉強会や翻訳学校の授業なら許される。そもそも迷わない人は勉強会にも翻訳学校にも来る必要はない気がする。そして(勉強会や授業で)めでたく迷いや疑問が晴れた部分は、次にそれに遭遇した時には自信を持って使いこなせなければ無意味だし、そのためにはやはり復習重視。いちいち全部覚えていられないので用語集を作ったり、人によっては虎の巻的な手書きノートに要点をまとめたり(←翻訳が上手な先輩方をみていると手書きノート派が多いのでちょっとビックリする。私は手書きノートはできないタイプなのでせっせとパソコンを活用しているけれど)。勉強会(や翻訳学校の授業)で毎回90点以上を取りたいなどと私は思わない。ふざけてるわけではなくて、毎回50点でもいいと思う。その代わり、勉強会(や授業)で残りの50点分をしっかり習得して、次に同じ表現に出会ったときには絶対の自信を持って訳せればそれでいい。だから生徒さんには、訳文を真っ赤に直されてもほんっとうに全然なにも気にしなくていい、ここで覚えて次に使えればいいんだから、と言いたい(いや言ってる。次の授業でも言おう。むしろ毎回言おう、うん)。最初から赤が入らない訳文を書けるなら授業を取る必要なんてないんだから。まぁ結局、私は凡人ってことなのだけれど。自分で間違えないと学ばないタイプなんだから仕方ない(^^; 間違えて、学んで、それを次に生かして、でも毎回またどこか別のところを間違えて。私はそういう復習重視の姿勢で勉強しています<(_ _)>

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