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2018年3月 9日 (金)

自己認識

先日ネット記事でこんなものを見かけました。
「足を切り落としたい…」自ら障害者になることを望む人々の実態
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180306-00054713-gendaibiz-bus_all&p=1

うっわ…なんじゃコリャ。この業界で10年以上なので、どんな疾患、奇病、難病、不思議な病気、いろいろ見聞きしても、それほど驚くということはないのだけれど、コレは想像の上を行くのでメチャメチャ驚いた。こんな疾患があるのか…というよりも、これを疾患と言っていいのか?というのが正直な気持ち。確かに性同一性障害のように、本人がものすごく苦しくて生きていくのも辛くて、このままだったら自死を選びかねないというような人に医療の手を差し伸べるのは正しいのだろうけれど、でもこのテの社会的疾患(=肉体的には健康でどこにも機能的異常はない)というのは、ある意味、社会や教育が生み出しているものでもある。極端な話、そういう人が仮に山の中とか無人島で独り暮らしだったら、そういう疾患にはならない(気づかないし意識もしない)わけだから。

自己認識(セルフイメージ)と現実が違うために心理的障害に陥り、周囲にも理解してもらえない辛さも重なって苦しい、だから医学的処置が必要、というのは、拡大解釈していくとキリが無くなる気がする。この記事の疾患を否定するわけではないけれど、たとえば、「自分は日本人であるという現実が受け入れがたい。私はフランス人のハズなのに!」ということを心の底から思っていて生きることが苦しい人がいたら、じゃあその人をフランス人にしてあげるの? 自分が身長150cmなのはおかしい、本当は自分は180cmのイケメンのハズだ、こんな自分の姿では苦しくて生きていけない、という人がいたら、身長を継ぎ足して(?)イケメンに整形するの? 自己認識って、結局は社会生活の写し鏡なので、成長過程、親や周囲の扱い方、扱われ方、自分が他者にどうみられているのか、他者が自分にどう関わるのかという関係性で育まれていくので、これまたやっぱり、無人島で暮らしてたらそういう障害は生じえない、つまりは社会が生み出した障害だからこそ、社会がどうにかできるものなんじゃないだろうか。患者の健康な肉体に医学的にメスを入れなくても。それなのに、患者の体を切って解決しようというのは、結局は個人の責任にしておいたほうが簡単だから。社会構造とか社会的慣習とか、もっと広く世間の人々の考え方を大きく変えるような手間ヒマかかることよりも、個人の障害レベルに落とし込んで、患者ひとりにメス入れておけばそれで万事解決という考え方が気に入らん。

別の記事で、「教育や文明は人間を弱くする」というのを読んだのだけれど、これまた然りだなぁと感心した。教育や文明がない段階(野生状態)だと、人間は残酷で自分のことしか考えない(いや、現代は教育を受けていても残酷で自分のことしか考えない人間は多々おりますが…orz)。よくある例として、幼児は蟻の列を踏んで面白がったり、蝶やトンボなどの羽をむしって遊んだりするけれど、小学生や中学生になるとそういうことをしなくなる。命を大切に、って叩き込まれるからだ(幼児にとって蟻が命だという認識はない)。かくいう私も幼稚園生くらいのときは蟻を踏んだ記憶がある。今だったら別の意味で絶対にイヤだけど(ムシ嫌い!大嫌い!見たくない!触りたくない!)。教育って、アレをしちゃいけないコレをしちゃいけない、というルールだから、社会生活の中でどんどん不自由に不自然になっていく(=我慢を強いられる)。四六時中いつも蟻を踏み潰したいのを我慢しているということじゃなく、理不尽な上司に反論せずに我慢しようとか、満員電車の中で押されても文句言わず黙っていようとか、友達に約束を破られてもグっと怒りを飲み込もうとか、そういうのって教育とか文明とかの結果で身に着けてきたもの。そのおかげで社会はスムーズに回るようになるけれど、個々人の負担は大きいんだよなー、と実感する。挙句に、社会が作り出した病気、社会の弊害の極め付けみたいな病気が生まれても、社会のほうは何もせず、個人の原因にしちゃうわけか、というのが、なんか遣りきれない感じがする。

同業の友人が、米国の医療ドラマでこの疾患を扱っているのをみたと言っていた(ドラマ「Chicago Med, Episode 13, "Us"」)。アメリカではもうテレビドラマになるくらい認知度がある疾患なのか…。日本でもこれから社会に受容されていくのだろうか。それでもやはり、もっと根本的な部分で「社会が変わっていく」ことが必要に思えてならない。

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