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2007年10月 5日 (金)

QC作業

「会社仕事」では当然ながら外注に出した翻訳の校正チェック作業をすることは多々あるが、基本的に「おうち仕事」では校正の仕事はあまり(というかほとんど)お請けしない。ボランティア翻訳のほうでは時々お引き受けするけれど、あそこは持ち回りで誰かが校正するわけだし、「おうち仕事」での校正とはまったく性質が違う。

社内翻訳者が外注の翻訳物をチェックするのは当然だし、誤訳がないか確認するというよりは、社内のスタイルに合わせるために、ちょこちょこと言い回しを変えたりするのがメインで、これはもう、自分たちの好みに合わせる作業と言った感じだ。相当ひどい翻訳が上がってくるのでない限り、それほど大変な作業ではない(=こだわればキリがないけれど、訳文自体の品質に関しては、事前のトライアルなどでかなり回避できるわけだから)。極端な話、どんなに完璧で上手な翻訳が上がってきても、必ず社内チェックはするし、「好みに仕上げる」作業は発生する。それが社内翻訳者の仕事でもある。

でも、「おうち仕事」で校正をするとなったら話はまったく別。そもそも、翻訳会社にも社内チェッカーや校正担当者は居るハズで、在宅翻訳者が仕上げた翻訳は、まずは必ず翻訳会社の中でチェッカーが見ているハズだ。にも関わらず、わざわざ別の登録翻訳者にお金を払って校正の仕事を依頼するということは、翻訳会社の内勤チェッカーの手に負えないような「ひどい」翻訳ということになる。単なる数値や訳抜けチェックではなく、根こそぎ訳しなおさなければいけないような翻訳がまわって来る可能性が高い(=それなのに料金は「翻訳」料ではなく、「校正」料なのでずっと安い金額になる)。原文を読んで、翻訳物を読んで、どうしてそういう訳になったのか考え込んで、結局は訳し直さなければいけないというようなハメになる。自分で頭から訳したほうがよっぽど気がラクだ。私は(それが良いのか悪いのかは別として)、せっかく訳した文章があるのだから、できれば元の訳文や元の表現を活かしてあげたいと思ってしまうので、バッサリまるごと言い換えると申し訳ない気もしてしまう。結局、苦心惨憺(?)少しでも元の表現を使いながら訳しなおすことになるけれど、他人の表現を使いながら訳すというのがこれまた大変だ。先輩翻訳者さんの多くが、校正の仕事は引き受けない(引き受けたくない)とおっしゃるのも当然だなぁと思う。私程度のレベルでさえそう思うのだ。ベテラン翻訳者さんのところに依頼がいく校正なんて、きっともっと複雑怪奇だろう。

そんなワケで私は基本的には校正チェックの「おうち仕事」はしないのだけれど、今回とてつもなく自分に勉強になりそうなQC作業の依頼があってお引き受けした。当たり前だけれど、単純な訳抜けチェックや数値の確認ではない(=そんなものだったら翻訳会社の中で出来る作業だ)。作業ファイルのページ数も膨大な上に、参考資料もてんこもりで何が何やら…という感じ。金額的にはどう考えても割りに合わない仕事だけれど、今回の案件は打診の時点からぜひともお引き受けしたかった。文字通り「修行」的な仕事で、金額以上に、今後の自分に絶対に大きなプラスになると思う。もちろんどの仕事も一つ一つが経験として積み重なっていくものだし自分にプラスになるのだけれど、今回のQC作業は、今までとはまったく違う観点から翻訳作業を見直すことができる性質の仕事だ。取り組み始めて早々に、これは思った以上に大変だなぁと感じたけれど、それは始めから覚悟の上。しばらくこの作業に集中して頑張ろう。

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