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2007年9月20日 (木)

渾身の作

先週、挨拶(という名目で様子伺い?)にお見えになった翻訳会社の営業さん、納品済みの翻訳の評価を非常に気にしていらっしゃった。翻訳の質はもちろん良い。お手本にさせていただこうと思っているくらいだ(笑)。が、「商品」としての翻訳に必要なのは、翻訳の質と同じくらい、全体の完成度というものがある。1本で100ページを超える案件(=翻訳業界の数え方ではなく、ビジネス一般の数え方。翻訳業界で言えば200~300枚相当になると思う)の場合、納期との兼ね合いもあって、1人の翻訳者が担当するということはあまり無いだろうし、複数名で分担して訳す以上、全体の整合性がとれているかどうかは非常に大きい。なまじ私も自分で翻訳をする人間なので、細かい部分にもビシバシ目がいってしまう。自分で訳すときには見落としそうなところも、人が訳したものだと見落とさない(笑)。

そのあたり、この分野の翻訳を多数手掛けているエージェントさんであれば百も承知のことだと思う。トライアルも経て翻訳をお願いしたエージェントさんなので、質についてはそれほど心配していない。あとは全体の整合性なのだが、営業さんいわく、「校閲スタッフの渾身の作です」とおっしゃっていた。渾身の作! なんか良いなぁ。それも、校正ではなく、校閲とおっしゃった。そうだよなぁ、校正というよりも校閲だ。半角、全角、単純な用語(専門用語ではない言い回し)の統一、体裁など、全部ビシっとそろっていたら、クライアント側としてはどんなにありがたいか(=私のチェック作業は大いにラクになる)。分担訳をなさった翻訳者さんは、おそらく一人一人は、ご自分の担当分の中ではそろえていらっしゃるだろうけれど、他の人の翻訳と合わせたときに全体がどうか、ということなのだ。

期待しながらチェック作業を進めて、正直、うーむ、と思ってしまった。完璧を期すというのがいかに難しいことなのか。確かにレベルは高い。翻訳の質は問題ないし、相当こまかく手直しを入れてくださったのだろうと思う。にもかかわらず、やはりボロボロと出てくるのだ。パーセント(%)が全角だったり半角だったり、「See Section ○○○」という簡単なフレーズを、ある場所では、「セクション○○参照」となっているが別のところでは「○○項参照」あるいは単に「○○項」とだけになっていたり。MedDRA用語についても少し苦しいところかもしれない。安全性評価部分では当然ビシっとそろっているが、それ以外の場所で意外なところにMedDRA用語があったりすると、見落とされている。このへんはツールがないと気が付かないだろうと思う。

数値、単位、カッコ、セミコロン、コロン、上付き文字、下付き文字、脚注などは「ほぼ」完璧に近い。それだけでも、力を入れて校閲してくださったことは充分に判る(=エージェントさんによっては、ほとんどチェックしていないような状態で納品してくるところだってザラにある。そういうのを細かく直しているとウンザリしてくることも多い)。こういう部分は、すでに「翻訳」の領域ではなく、書類作成とかレイアウト作業の範疇なのだが、そこまで含めて、「限りなく完璧ですぐに使える状態」の納品をクライアントは望んでいる(=実際には、すぐに使えるなんて有りえないとみんな判っているのだが。だから私のように社内チェック作業をする人間がいるわけで)。登録フリーランス翻訳者の業務範囲を超えた、まさに翻訳エージェントさんの最終チェック作業体制が如実に出る部分だと思う。そのあたりをいい加減に処理せず、真摯に対応してくださったということ、渾身の作、という言葉が嬉しいではないか。私自身、自分で翻訳をするときには、その翻訳文書は自分の作品だという意識がある。モノづくりとは少し違うけれど、翻訳だってやっぱり作品なのだ。右から左に流すような取り組み方ではなく、心血注いで(というのは大げさかも知れないが)仕上げました!という意気込みが伝わろうというものだ。が、現実はやっぱり「すぐ使える完成度」にはならない(苦笑)。難しいものだなぁ。

自分が翻訳を担当していてもそこまで出来るかどうか判らないのに、要求する立場になるとトコトン高いレベルで要求してしまう(=まぁそれが会社での私の仕事なのだが)。でも、今回こまかくチェックさせていただいたポイントをフィードバックすれば次回はさらに完成度が上がることは充分に期待できる(=例えば「%」なんてワードの一括置換で半角と全角をチェックすれば一瞬で直せるようなことなのに、どうしてやっていないのかなぁと思うのだ)。そうやってエンドクライアントと翻訳エージェントは互いに協力し合って良い「作品」を作り上げていけば良いのだ。ということは、ふぅ、エージェントさん用のフィードバックリストを作らなきゃいけないなぁ(=これはちょっと面倒だけど、笑)。

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コメント

あー、わかるわかる、その苦労!

僭越ながら、かつての職場で翻訳のマネゴトを
やっていたことがあって、全角とか半角とか、
形式的な部分だけど、ひじょーに気にして
対応していたことがありました。
誤字脱字は言うに及ばず、目を皿のようにして
チェックしまくってたなぁ。
ヒトサマの文章チェッカー、繁盛してました。

今の職場だと、そういう形式面はルーズで、
内容が伝われば多少の誤字は気にしない。
いわんや全角半角の区別なんて…。
と、そうこうするうちに自分のポリシーも
どこかへ行ってしまって、ルーズ系文章の
作成マシーンと成り果てています。

内容も形式も、どちらも大切なのだけど、
けっこう両立ってムズカシイよねぇ。

投稿: あるふぁ | 2007年9月21日 (金) 01:20

あるふぁ氏、
>誤字脱字は言うに及ばず、目を皿のようにして
>チェックしまくってたなぁ。

そうなんですよね~、誤字脱字など、それこそ本当に目を皿。でも今は電子原稿で納品されるので、すべてワード検索で一括置換とか出来るから随分ラクなんですけどね。それでも表記のゆれ(最初のほうでは○○という訳語だったのに、途中から××という言葉に変わっちゃっている、など)は、こちらもかなり意識して読んでいないと、原文との対比だけでサラ~っと読んでいると見逃してしまうので、目も皿なんですが、脳ミソも皿というか(=ってそんな言い回しはありませんデスが、まぁ気持ち的に)。出てきた訳語をそれなりに頭にインプットして維持しながら読み進めるというのは、単語を覚えるのが苦手な私にはなかなか大変なのですぅ~。

こういうところが文字通り「商品としての翻訳」だと思いますね。読んで意味が正しく通じているだけじゃ付加価値がない、というか。別に数字が半角だろうと全角だろうと、前半と後半でちょっとくらい言い回しが違おうと、「英文和訳」とか「和文英訳」としては意味が通じているという点では正しいんですけど、全体の商品としての価値となるとねぇ。

>けっこう両立ってムズカシイよねぇ。

いやー、もう、ホント難しいんだってことが今回しみじみ判りましたね。自信作、渾身の作と言われてもまだクライアントの要求レベルには足りないんだってことが。逆に言うと、そういう意識さえなく、おざなりにチャチャっと社内チェックしただけで納品されるような翻訳なんて言うに及ばず、ですよ(=そういうのは見れば判りますからね~)。

で、振り返って、自分が訳すときの最終チェックはどうよ?と思うと、イヤ、これがもう、あのその、スミマセンって感じで…いつも納期ギリギリ、渾身の作です!と言える状態で納品しているかと言われると、どっちかというと疲労困憊の作です、ってな感じで、理想と現実はキビシイですねーっ。

投稿: snowberry | 2007年9月22日 (土) 04:26

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