« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »

2007年9月30日 (日)

苦手意識

先日お引き受けした案件が非常に難しい…。原稿を前に沈黙、というか沈没寸前。一読して、ああ難しい、と思うし、読めば読むほど難しい。キライな分野ではないのだけれど、どうもこう、苦手意識を持ってしまう分野というか。出来ることならこういうものをスラスラ理解できるようになりたいと思うのだけれど、そこには大きく立ちはだかる壁があるなぁ。

これまで、なぜ医療の分野に興味を持ったのか、と訊かれたことが何度かある(=たいていは、仕事の面接のときに訊かれる。医療系のバックグラウンドのない私が、ずっとこの業界にいるというのが不思議に思われるのだろう)。私は英語が好きなので英語を使った仕事をしたいという気持ちは中学生の頃からあったけれど、じゃあ英語を使って一体何をしたいのか、というところまでは自分の中でハッキリ固まっていなかった。語学を教える仕事以外は「語学」を主役に仕事をすることは無い(=そして私は教師になりたいと思ったことは無い。数人程度なら相手に出来るけれど、30人とか50人もの生徒を持つなんて性格的にどう考えても不可能)。ビジネスの世界においては、語学は所詮は何かをするためのツールであって、その「何か」が見つからないことには、何をすれば良いのか判らない。それを探すために派遣ジプシーをしながらいろいろな業界を見て回って、一番興味を持ったのが医療の分野だった。それも、即座に生命に直結するもの、つまり心臓か脳の分野に一番興味を持った。今でもこの2つの分野には非常に興味を持っている。自分自身にも、家族や友人にも、誰にでも、必ず関わってくるものだから。そして、今は関係なくても、明日の自分に関わるかもしれないものだから。

心臓と脳は、どちらも何かあったら即死するような場所なのに、治療法やメカニズムの解明という点では180度違うと言って良いくらい事情が異なる。心臓は物理的にはただのポンプと言われているように、機能的には単純で、ペースメーカーという代替心臓もある。仕組みは解明されているといって良い。ところが脳は。何がなにやら。未知数てんこもり。まだまだ判らないことが多すぎ。世界中で医師や研究者が日々研究を進めている分野なのに、ロクに算数も判らない私に何が判るというのか。出てくる用語も判らない、その意味も理解できない、だから脳分野には手を出すのはやめよう、とずっと思っていた。もちろん興味はあるけれど。

循環器用の大型医療機器の会社に就職したこともあって、心血管系領域はかなり好きな分野だし、馴染みもあるのだけれど、脳領域は怖くて手が出せない。ガンマナイフにも非常に興味はあるけれど、脳神経分野では放射線用語も特殊だし、同じ単語でも一般の医学用語とは違う意味を持つ言葉が多くて、ボランティアで脳腫瘍の翻訳をしたときにもヘロヘロになった。放射線科の監修の先生(=こちらもボランティア)にかなりアレコレ手直ししていただいて、あ~やっぱり難しい、とつくづく思ったものだ。自分の守備範囲を広げるためにも、やってみたいとは思うけれど、どうしても苦手意識がある。そう思っているうちは手を出さないほうが賢明。ヘタに手を出して、誤訳した挙句に患者さんに何かあったら一大事どころではない。

それなのに脳分野のお仕事をいただいてしまった。エンドクライアントさんからのトライアルに受かってしまったのだ。1ページくらいの分量なら調べながら何とか訳せたけれど、ドカっと大量に来ると…解剖学図をみても判らないような部位、放射線用語集に書かれている読めない漢字(泣)、大丈夫かなぁ…。出来るようになりたい!とは思っているけれど、ずっと苦手意識があった分野なので、ちょっと不安。というか、かなり不安。でもお引き受けした以上、苦手だの何のと言っていられない。キライではないし、やりたい気持ちはある。「やっつけ突貫工事」では太刀打ちできないので、時間の許す限り丁寧に読んで調べて頑張ろうと思う。この先、脳分野の仕事を「得意です」と言える日が来る…とは到底思えないが、でも、苦手だと思わずに取り組めるようになりたい。

| | コメント (0)

2007年9月28日 (金)

情報交換

先日のメディカルライティングの授業中のこと。ある生徒さん(Aさんとします)が先生に質問。Aさんは製薬会社で社内翻訳をなさっているので立場的に私と近いのだけれど、看護師として臨床現場でお仕事をなさっていたこともある方なので実力は比べるべくも無く…。そのAさんの質問というのが、社内でさばききれない量の翻訳が発生する場合は外注に出して翻訳をお願いするのだけれど、納品された翻訳の品質がひどすぎて使えないことがある、そういう場合、結局こちらが全部チェックして訳し直すしかないんでしょうか…と云う質問。というか、質問になっていないというか(笑)。最後は消え入りそうな声になっていた。おそらくはその作業量のことを思い出して意気消沈というか考えただけでエネルギー消耗というか、そんなところだろう。先生はAさんの言葉を最後まで聞いた後に、ちょっとクスッと笑って、「自分で答えがでてるじゃない?」とおっしゃった。まぁ、そうだよな、これは質問ではない。悪い結果を確認することで、諦めというか踏ん切りをつけるために先生から「それは仕方ないですね」などといって欲しかったのだろう。

Aさんの話に大きく反応したのが現役フリーランス翻訳者のBさんと、なんちゃってフリーランスもどきの私。「それは翻訳会社に突っ返すべき!」と2人で力説。納期は?、分量は?、過去の(その翻訳会社の)使用実績は?、原稿の難易度は?、などと、Bさんと私はなぜか入れ替わり矢継ぎ早にAさんに訊いたあと、そういう翻訳会社は使わないほうがいいですよ、と一刀両断。「前から使っている翻訳会社なんですが…」と、これまた消え入りそうな声でAさん。そういうところは止めたほうがいいですって、と言いながら、それって○○社のことじゃないかなぁと勝手に想像する私。評判の良くない会社はどこでも評判が良くないのだ。さすがにその場で会社名をズバリ口にするのは控えていたのだけれど、Bさんが、「その会社って○…ですか?(←そのものズバリの会社名ではなく、読み仮名の最初の一文字のみ)」とおっしゃった瞬間、私も、「あ~~~! やっぱりそこですよねっ、そこだと思いますよね、そこしかないですよねっ!」と思わず力強く同調。わが意を得たり!の気分。Bさんと私のやりとりを聞きながら、先生も実に興味深そうにニヤニヤしながらうなづいている(=そしてその表情は、先生も○○社の評判には同感のようだった)。

やはり同業者の評価というのは同じになるのだなぁと改めて実感。私が今までいろいろな製薬会社で耳にしている評判とも一致する。ところが、それを聞いていたAさんや、黙って聞いていたほかの生徒さんたちが、「○…って、それはどこですか?(←繰り返しますが、これは読み仮名の最初の一文字だけです)」と逆に私たちに訊いてきた。えっ、ご存じない!? それに、そうやって訊いてくるということは、Aさんが言っているのは別の翻訳会社ということになる。そうなると、こっちもそれがどこの翻訳会社なのかぜひ訊きたい。ここだけの話ですけど…と言って身を乗り出して小声で「○○社です(=今度はフルネームで会社名を言う)と言うと、Aさんは、「ウチは△△社ってところを使ってるんです」と、これまたヒソヒソ話モードでおっしゃる。といっても、教室内でみんなで身を乗り出して(笑)、みんなで聞いているのだから声をひそめても意味は無いのだが(笑)。

Aさんがおっしゃった会社の名前は聞いたことが無かった。どちらかというと個人事務所的な感じのエージェントさんのようで、大手とは言いがたい翻訳会社のようであった。そういえば今までに私が勤めた製薬会社でも、複数の大手エージェントのほかに、やはり複数の個人翻訳者(フリーランサー)や小さな翻訳会社も並行して使っていることがほとんどだった。翻訳をお願いするたびに、納期、ボリューム、得手不得手などを考えながら依頼先を決めていた。ただ、個人翻訳者や小さな翻訳事務所の場合は、基本的には品質が良いので次回もお願いするのが普通で、品質が悪いのにたびたびリピートオーダーしているというのは不思議な話。よほどコネがあるなどの場合以外は、そういう会社に依頼するなんて無駄が生まれるだけだ。

Aさんは、次回からは別の翻訳会社を探します、とおっしゃったあとに、Bさんと私に向かって、○○社ってそんなにひどいんですか?と訊いてきた。Bさんと先生と私の3人は思わず顔をあわせて笑ってしまった。在宅翻訳者同士の話の中でも、特定の翻訳エージェントの話題がでることはあまりない。大抵は自分がどの翻訳会社に登録しているかとか、どこから仕事をもらっているかなどということは絶対に言わない。だから、エージェントさんの実態というか具体的な経験というのは、噂話のレベルでもなかなか表に出てこない。でも今回みたいに、すでにある程度の業界知識があり、実際に仕事の経験もあり、何処で何をしているのかがお互いに(言わなくても何となく)判る場合、わざわざ伏字にして話す必要もないとう雰囲気があって、お互いにストレートに実態を話せてしまう(=結局その後、それぞれ勤め先の製薬会社の実名まで出てきた)。こういう具体的な話というのは、やはりお互いに顔をあわせて同じ授業を取っているからこそなのだろう。翻訳は1人でやる仕事だからこそ、なかなか他の人の仕事のやり方、他の会社の様子、他のエージェントさんの実態などは判らない。そういうものをシェアできるというのはとても貴重だ。先生ご自身も、社内翻訳やフリーランスで翻訳をする人は誰にも質問できないことが多いので、ぜひ皆さんで情報を共有しあって、ここの授業が終了してからも横のつながりを大事にしてください、とおっしゃっている。そういう意味では、翻訳会社の実態情報交換なんて、まさにうってつけの話題なのだろう。

| | コメント (0)

2007年9月24日 (月)

因果関係

いつも愛読させていただいているブログで、副作用の因果関係についての記事があった。このブログを書いているTさんは外資製薬会社にお勤めで主に副作用情報関係の翻訳をなさっているらしい。薬剤師のバックグラウンドもお持ちで語学力も非常に高く、ブログを読ませていただいていつも勉強になっている。あちらのブログにコメントを入れようかと思ったのだけれど、Tさんはあまりコメントを返したりなさらないので書いてもムダかなぁという気がするし(一方的にこちらがコメントつけるだけになってしまうことが多いようなので、だったら私自身のブログに書きたいことを書いたほうが良い気がする。別にコメントをもらったら必ずコメントを返さなければいけないというルールがあるわけでもないだろうけれどノーリアクションというのもつまらない)、先日の某所のコメントが(理由は判らないけれど)紛失したこともあって、他所のブログにコメントをつけるのがちょっと億劫な今日この頃。なので思ったことは独り言のようにここに書くのであった(笑)。

因果関係(ある薬剤と副作用(=業界では正確には有害事象と呼びますが)との関連性)についての訳語には確かに統一性がなくてメンドクサイ。私のほうも、社内でも何度も意見がぶつかるというか(=ぶつかるというほど激しくは無いけれど)みんなバラバラで好き勝手な言い回しを使っている現実を目にしている。製薬会社には複数の企業を転々としている方が少なくないというよりほとんどの人が1度や2度は転職を経験しているので、みんながそれぞれ「前の会社ではこうだった」という馴染みのやり方がある。まったく因果関係が無い場合の「関連性なし」と、完全に因果関係がある場合の「関連性あり」については迷う必要は無いのだけれど、その中間がかなり曖昧。「関連の疑いあり」と言う表現を使う人もいれば、「関連性があるかもしれない」という表現を使う人もいる。そんな言い方しませんよ、と誰かが言おうものなら、前の会社ではこう言っていた、というやり取りになるわけで…。統一しましょうよ統一。みんなが「前の会社では…」と言い合っても始まらない。挙句に、数百ページの書類の整合性がとれなくなってしまう。

厚労省のページやICHの用語を見ても結局ハッキリしないのである。そもそも、いつも翻訳作業の調べ物をしながら思うのだけれど、今のような時代で日本だけで製薬の開発が出来るはずも無く、作った薬を日本国内だけで売るということもありえず、すべてが海外のことも視野に入れて進行していく時代で、だからこそICHというものがあるのに、副作用の因果関係のような非常に重要な表現に定訳がない状態を放置したままというのは何故なのかと思う。実にけしからん! 何でもいいから決めてほしいのだ、そうすればこちらは決まった用語を使うだけなのだから。いちいち迷わされるのも時間の無駄。こちらはお上の言うとおりに動くだけだ。

こういう「現場の声」というか「末端の声」というのはどうすればお上に届くのだろうなぁと思う。とりあえず仕事の時には、因果関係のような「定訳がないことが判っている」ものについては、前倒しで先に確認してから作業に入るといった対策でその場を切り抜けていくのが現状では精一杯。そういう「定訳がないことが判っているもの」が多すぎる気もするのだけれど…。そして毎回、確認するたびに、そのプロジェクトごと、書類ごとに、違う言い回しが選択されたりしているわけで…いつまで経っても統一されないのだ。こんなことで良いのかなぁと思いながら。。。

| | コメント (0)

2007年9月22日 (土)

周辺知識

まだ通い始めたばかりだけれど、メディカルライティングのクラスでは本当に実践的なことを扱っている。新薬承認に向けての具体的なステップ、それぞれの意味、どのように申請書類を作っていくかなどを、全体像としてザックリ説明していただきながら、個々のポイントや生徒からの質問に具体的に答えてくださるので、退屈しているヒマがない。翻訳のクラスではないので翻訳スキルを教わるわけではないのだが、今まではムキになって語学スキルや翻訳スキルの構築に燃えた時期もあったけれど(笑)、それに比べて背景知識が足りなさ過ぎる私には必要なものだと思う。今はタイミング的にそういうものを集中的にインプットしたいと思うようになったので、ちょうどよいクラスにめぐり合えたという感じだ。

とにかくいちいち実践的で具体的。非臨床と前臨床の違い。単語は辞書をひけばすぐに判る(もちろん、non-clinicalとpre-clinical)。これがどう違うのか、どういうときにどちらを使うべきなのか。治験の中止・中断・脱落はそれぞれどう違ってどういう意味があるのか。動物実験で使う動物の数はどうやって決まっていると思う?と訊かれて、へっ?と答えあぐねていたら、そこに5匹いるから5匹で実験とか、10匹いるから10匹使って実験、とか思ってるでしょ?と先生に訊かれて、バカ正直に、ハイ、そうじゃないんですか?と思ってしまう私はド素人まるだし。白板にササっと計算式を書いて、こういう根拠でこの実験のためには○匹の動物が必要だから、と言われて、ひぇー!そんな意味が有ったのか、とか。治験審査委員会のメンバー構成と人数は?と訊かれて、そんなの決まってたんですか…?と思ったり(=ちゃんとICHやGCP文書を読んでいないことがバレバレ。必要なときに辞書のように必要箇所だけを読んでいるので…)。

知らなくても文章は訳せるけれど(動物実験の数なんて原稿に書いてある数値をそのまま訳文のほうにも書き写せば良いわけで、いちいち意味なんて考えたことはなかった)、そこにちゃんと意味があるということを知っているのと知らないのとでは、やはり気持ちの上で全然違ってくる。まだ翻訳の実務経験がないときにこのクラスを取っていたら、もしかしたら少しも興味が持てなかったかもしれない。経験が非常に浅いうちは目先のスキルに囚われるというか、「それっぽい翻訳文」が書けるようになりたい気持ちのほうが強かった。でも今は(=まぁ今も経験は浅いが)それっぽい翻訳文や、それっぽい文書の類はあちこちで山ほど目にしているわけで、少しずつ、そこに書いてある中身をちゃんと正確に理解できるようになりたいと思うのだ。そのために背景知識なり周辺知識なり、一見、翻訳には直接結びつかないようなことが必要になってきた。いや、必要うんぬんじゃなくて、とにかく授業が楽しい。

初回の授業で筆記用具を忘れてきた生徒さんがいて、私のペンケースをみた瞬間にそのことを思い出したらしく、すみません鉛筆貸してください…と言われて、あらあら、と思ったのだが、先日の授業で私はテキストやプリントを一式ごっそり忘れた…。人のことは言えない…まぁテキストは事務室で借りることが出来たけれど。このところ毎日ドタバタ泥縄の日々なので忘れ物が頻発しそうな気配。気をつけよう…。

今日のツボ:薬剤の剤型について特集している医学雑誌をパラパラ見ていたら、フと目が留まった記事があった。口腔内崩壊錠(口の中に入れると、すぐにホロホロっという感じに溶ける薬。唾液で崩れるように溶けて、水がなくても飲める)について書いてあったのだけれど、その表記が…口腔肉崩壊錠、と書かれていた…。こ、こわすぎる! 口に入れたら、口の中の肉が溶けちゃうんですか! ホラー映画も真っ青だ。

漢字変換ミスではなく(変換ミスというのは本来は正しく入力しているのに別の変換候補が選択されてしまうわけだから、つまり「こうくうない」という入力は正しくできているのに「口腔無い」などとなった場合が変換ミスだ)、おそらくは、手書きの原稿の「口腔内崩壊錠」という文字を見て、これを入力したパソコンオペレーターさんなどが、見た目で「内」という字を「肉」という字だと思ってしまったんじゃないかと思う。なんとなく医学っぽいし、医師は字が汚い人が多いというし(笑)。口腔内崩壊錠が何かを知らなくてもパソコン入力の仕事は出来るし、意味を知らなくても辞書をひけば訳語は判る。でもそれが何かを知らずに仕事をするというのはこういうことなんだよなぁ。私がこの言葉を知らずに「口腔肉崩壊錠」という誤字つき原稿を受け取っていたら、必死にググって無理やり言葉を作って(それこそ口の中の肉が溶ける錠剤、という単語を作っちゃうかも!)訳さないとも言い切れない。専門知識というよりも周辺知識(あるいは雑学的とも言えるかも)なので、つい後回しにしがちだけれど、実はそういう雑多な知識のあるなしというのは、自分で思っている以上に翻訳に与える影響が大きいだろうなぁと思わされてしまった。

| | コメント (0)

2007年9月20日 (木)

渾身の作

先週、挨拶(という名目で様子伺い?)にお見えになった翻訳会社の営業さん、納品済みの翻訳の評価を非常に気にしていらっしゃった。翻訳の質はもちろん良い。お手本にさせていただこうと思っているくらいだ(笑)。が、「商品」としての翻訳に必要なのは、翻訳の質と同じくらい、全体の完成度というものがある。1本で100ページを超える案件(=翻訳業界の数え方ではなく、ビジネス一般の数え方。翻訳業界で言えば200~300枚相当になると思う)の場合、納期との兼ね合いもあって、1人の翻訳者が担当するということはあまり無いだろうし、複数名で分担して訳す以上、全体の整合性がとれているかどうかは非常に大きい。なまじ私も自分で翻訳をする人間なので、細かい部分にもビシバシ目がいってしまう。自分で訳すときには見落としそうなところも、人が訳したものだと見落とさない(笑)。

そのあたり、この分野の翻訳を多数手掛けているエージェントさんであれば百も承知のことだと思う。トライアルも経て翻訳をお願いしたエージェントさんなので、質についてはそれほど心配していない。あとは全体の整合性なのだが、営業さんいわく、「校閲スタッフの渾身の作です」とおっしゃっていた。渾身の作! なんか良いなぁ。それも、校正ではなく、校閲とおっしゃった。そうだよなぁ、校正というよりも校閲だ。半角、全角、単純な用語(専門用語ではない言い回し)の統一、体裁など、全部ビシっとそろっていたら、クライアント側としてはどんなにありがたいか(=私のチェック作業は大いにラクになる)。分担訳をなさった翻訳者さんは、おそらく一人一人は、ご自分の担当分の中ではそろえていらっしゃるだろうけれど、他の人の翻訳と合わせたときに全体がどうか、ということなのだ。

期待しながらチェック作業を進めて、正直、うーむ、と思ってしまった。完璧を期すというのがいかに難しいことなのか。確かにレベルは高い。翻訳の質は問題ないし、相当こまかく手直しを入れてくださったのだろうと思う。にもかかわらず、やはりボロボロと出てくるのだ。パーセント(%)が全角だったり半角だったり、「See Section ○○○」という簡単なフレーズを、ある場所では、「セクション○○参照」となっているが別のところでは「○○項参照」あるいは単に「○○項」とだけになっていたり。MedDRA用語についても少し苦しいところかもしれない。安全性評価部分では当然ビシっとそろっているが、それ以外の場所で意外なところにMedDRA用語があったりすると、見落とされている。このへんはツールがないと気が付かないだろうと思う。

数値、単位、カッコ、セミコロン、コロン、上付き文字、下付き文字、脚注などは「ほぼ」完璧に近い。それだけでも、力を入れて校閲してくださったことは充分に判る(=エージェントさんによっては、ほとんどチェックしていないような状態で納品してくるところだってザラにある。そういうのを細かく直しているとウンザリしてくることも多い)。こういう部分は、すでに「翻訳」の領域ではなく、書類作成とかレイアウト作業の範疇なのだが、そこまで含めて、「限りなく完璧ですぐに使える状態」の納品をクライアントは望んでいる(=実際には、すぐに使えるなんて有りえないとみんな判っているのだが。だから私のように社内チェック作業をする人間がいるわけで)。登録フリーランス翻訳者の業務範囲を超えた、まさに翻訳エージェントさんの最終チェック作業体制が如実に出る部分だと思う。そのあたりをいい加減に処理せず、真摯に対応してくださったということ、渾身の作、という言葉が嬉しいではないか。私自身、自分で翻訳をするときには、その翻訳文書は自分の作品だという意識がある。モノづくりとは少し違うけれど、翻訳だってやっぱり作品なのだ。右から左に流すような取り組み方ではなく、心血注いで(というのは大げさかも知れないが)仕上げました!という意気込みが伝わろうというものだ。が、現実はやっぱり「すぐ使える完成度」にはならない(苦笑)。難しいものだなぁ。

自分が翻訳を担当していてもそこまで出来るかどうか判らないのに、要求する立場になるとトコトン高いレベルで要求してしまう(=まぁそれが会社での私の仕事なのだが)。でも、今回こまかくチェックさせていただいたポイントをフィードバックすれば次回はさらに完成度が上がることは充分に期待できる(=例えば「%」なんてワードの一括置換で半角と全角をチェックすれば一瞬で直せるようなことなのに、どうしてやっていないのかなぁと思うのだ)。そうやってエンドクライアントと翻訳エージェントは互いに協力し合って良い「作品」を作り上げていけば良いのだ。ということは、ふぅ、エージェントさん用のフィードバックリストを作らなきゃいけないなぁ(=これはちょっと面倒だけど、笑)。

| | コメント (2)

2007年9月19日 (水)

狭い世界

メディカルライティングの授業が始まった。今までに翻訳学校の医学翻訳コースは取ったけれど、そのときにはまだ実際の仕事はしていなかったので、何を聞いてもチンプンカンプン…というほどでもないが、学んだことをすぐに何かに活かせるというものでもなかったし、とにかく授業についていくのが必死という感じだった。今は、授業で学んだことをすぐに(それこそ、帰宅後におうち仕事でさっそく…という具合だ)使える。会社でも使える。ボランティア翻訳でも、ちょうど訳語統一のディスカッションをしていたり、今お預かりしている案件が他のボランティアスタッフさんと共同訳なので、訳語の不明点について話し合ったりする際に、本当にすぐに使える知識ばかり。これこそ実践なんだなぁ、と思う。実務に携わってから受講しよう、と思っていたけれど、正解だったと思う。今まで右から左感覚で訳していた言葉も、きちんと意味や背景を教えていただくことで、自分のものになった、使いこなせる、という実感がある。今後の授業も毎回楽しみに出来そうだ。

初回の授業で自己紹介をしたのだが、その際に、某所で行なわれたメディカルライティングのセミナーでこちらの評判を聞き…と言ったら、先生が、えっ、どこのセミナーですか、とおっしゃるので、○○さんが講師を務められたセミナーです、と言ったら、ああ!そうですか、とおっしゃった。それは良いのだが、驚いたことに、生徒さんの中にも、あっ私もです、とおっしゃる方がいて…えっ…でも、そういえばさっきからずっと、どこかでお会いした方のような…と思っていたら、、、、あのときのエージェントさん主催のセミナーにいらした方だ(=そしてお互いに、「やっぱり! どこかでお目にかかったような気がしてたんですよ!」と笑ってしまって…この間も同じようなシーンがあったなぁ)。まったくもう、今さらながら狭い世界だ(笑)。ということは、この方もすでにフリーランスの翻訳のお仕事をしていらっしゃるということだ。やはりレベル的にそういう段階になってから受けるべき講座ということなんだろう。その後、他の生徒さん達から、そのときのセミナーについての質問も出たりして、一気にクラスの雰囲気は打ち解けた感じになった。

先週はずっとバタバタしていて家の中のこともゆっくりできなかったので、連休中に少しはアレコレ片付けて、おうち仕事も少しは前倒しで…などと思ったのだけれど、まぁ私にそんなことが出来るハズもなく(笑)。3連休がひたすら暑かったのも敗因だが。仕事は少しも捗らないながらも3日間ダラダラとパソコンの前にいたので、ゆっくりとあちこちのサイトを見に行ったり、溜まっていたDMを読んだりした。以前からよく立ち寄っていた先輩翻訳者さんのブログを読んで、コメントをひとこと入れたのだけれど、翌日に見たらコメントが入っていない。あれっ、ちゃんとコメント送信ボタンを押さなかったのかな、それともちゃんと送信したのにコメントを削除されたのかな。まぁ、もともとその先輩翻訳者さんには煙たがられているのは知っているので(=知ってるならコメントするな、ってことかも知れないが、笑。でもインターネットってそんなものだ、誰が読んでいても良いのだし、逆に言うと誰に読まれていても仕方ない)、そういうことをするんだなぁ、へぇ、と思ったのだけれど。

でも私の送信ミスかもしれない。いや、やはり削除されたような気もする。煙たがられるなどというほど私は大した存在でもないので(=気にも留めない、というほうが正しいだろう)、わざわざ削除なんかせず、そのまま捨て置くのではないかと思うのだけれど、うーん…と思ったので、問い合わせのメールを出してみようかと思った。が…暑さで頭が働かず、どうでも良くなってしまった。まぁいいやー、私は敵を作りやすいタイプらしいので(笑)今さら1人や2人や3人や4人に煙たがられたところで。何しろ狭い世界なので、どこで誰と誰がどうつながっているのかとか、誰のブログに誰が出入りしているのかとか、政治の世界ではないけれど○○派みたいなものがあったりもする。以前、まさに私のことを煙たがっている人からこんなことを言われた。ブログを読んでいるのは好意のある人だけではない、逆の場合だって大いにありうる、何か失敗したり仕出かしたときに、ああやっぱりね、と冷笑する人たちがたくさんいる、と。何をそんな当たり前のことを、と思ったけれど。それがインターネットというものだ。不特定多数の人間が読むというのはそういうことなのに、私は判っていないように見えたのでご親切に教えてくださったんだろうか(笑)。もちろんその人は、私のブログを読んで、私が失敗すると小躍りしているんだろう。ま、別に何でも良いのだが。いろんな人がいるものだ。

| | コメント (0)

2007年9月15日 (土)

まとめて

今週はやたらバタバタしてしまい、ブログを書くヒマがなく…いや、ヒマはあるのだけれど、気持ちの余裕がなく。メールもためっぱなし(=ダイレクトメールやらバーゲン情報やら楽譜情報やら、9割はどうでも良いものだが、目を通さずには捨てられないタイプなのだ。それに普段はこういうDMを見るのが楽しみなのだけれど、今週は珍しくそんな気にならず、多分200通くらい溜めている…ハイ、これが普段から一週間に届くDMの分量です)。あまりこういう書き方をしたことが無いけれど、ちょっとこの一週間をまとめて振り返ります。

◆日曜日。仕上げると約束していたボランティア翻訳の脳腫瘍訳をひたすら訳出。長い。終わらない。月曜未明(午前4時ごろ)ギブアップして、サイトの管理人さんに「ごめんなさい!」のメールを出して泣きつく。とりあえず寝る。◆月曜日。会社でチームの皆さんにMedDRA辞書を導入しようと楽しみにしていたのに部長が一週間出張ということに気付き、ちょっとガッカリ(一応あれこれ部長を通してから、ということになっているので。所詮、私はバイトの身なので1人で勝手なことはできない)。辞書環境については来週までお預け。夜は銀座でメイク講習会の最終日。帰宅後に脳腫瘍の翻訳をラストスパート。火曜未明(やはり午前4時頃)にようやく終わってメールで提出。◆火曜日。さすがに睡眠不足で日中はボロボロ。帰宅後、定期案件の論文英訳。日付が変わってからメールで納品。◆水曜日。メディカルライティング授業の1回目。宿題手付かず。会社で昼休みにやっつける。初回のため宿題の分量が少なくて良かった…。睡眠不足がたたって授業中に寝てしまうのではないかと思ったけれど、面白くて2時間半の授業はあっという間。帰宅後、修羅場に向けて臨戦態勢に入る。

◆木曜日。修羅場。会社は有給を取ってお休み。前日の夜から作業を続け、日付が変わったあたりで、とりあえずお夜食~♪と思って食事をしたあと、再びパソコンに向かった途端、久しぶりにフリーズ(半年ぶりくらいだろうか)。あわわわわ、こういうときに!(=まぁフリーズというのはこういうときだから起きるものだ)。30分ほどパソコンを休ませる。心理的にはめちゃくちゃ焦るのだが。その後、どうにか立ち上がってくれて、真っ先に現行案件のデータのバックアップを取ってから作業続行。気が付いたら頭上の電気がチラチラと点いたり消えたり。おーーーーい…。まったく、こんなときに。ストックの蛍光灯に取り替えるため、ちらついている古い蛍光灯を外そうとしたら…パリンと割れやがった!(=ついでにカケラが真下のテーブルの上のコーヒーカップに入ったり…涙)。あああああ、もう、こういうときに! ものすごく蛍光灯が熱くなっていて、もしかしたら発火するんじゃないかと少し怖かったので、火を噴かなかっただけでよしとしよう(…そういう問題だろうか???)。でも何故あそこで割れたのか判らない…。ようやく落ち着いて作業を再開したのが午前3時すぎ。お昼に納品。当然ながらその後は爆睡。夜、楽器レッスン。ようやく今の曲に仕上がりのメドが立つ。次回からは新しい曲に入ることになった♪ レッスンを終えて帰宅後、治験薬概要書の改訂版の翻訳(=分量はさほど多くない)。昨年末におうち仕事でお引き受けした治験薬概要書の改訂版で、クライアントからリピートオーダーをいただいたらしい。リピートオーダー♪ 素直に嬉しい。午前3時頃に納品。爆睡。◆金曜日。先月トライアルとあいみつを経て翻訳をお願いした外注エージェントの営業さんが、成果物の出来や評価についての問い合わせを兼ねて挨拶にいらした。社内チェックの結果や今後の要望などをぜひ聞きたいという。営業さんといろいろ話をしたあと、この日が締め切りの会社仕事をバタバタと仕上げてヘロヘロになって帰宅。

こうやって書くと、今週は「翻訳したぞー!」という感じだ(=つまり普段はいかにロクに翻訳していないかということでもある、笑)。

翻訳会社の営業さんとの話ではいろいろ考えてしまった。私は訳を依頼する立場(=製薬会社)の事情も、翻訳作業をするフリーランス翻訳者の事情も判る。医学分野の翻訳に関して、エンドクライアントと翻訳会社が抱える今の業界の根深い問題点もそれなりに見えているつもりである。でも、ただのいち翻訳者では何もできないし、同様に、翻訳会社も、一社だけで頑張ろうとしてもムリだ。その辺りについて、私が今の勤め先のプロジェクトチームや部長などに少しずつ働きかけて、「翻訳会社を上手に使う」こととか、翻訳会社に対しても、より具体的なリクエストを出して、双方がやりやすい関係、翻訳者が安心して翻訳できる環境、そしてこの業界がもっと良い方向に進んでいけるようにできないかなぁと思っている。現実は、安かろう悪かろうの翻訳が蔓延して、翻訳単価がどんどん値崩れしている。こんな状況は絶対におかしい。訳してあればなんでも良い、というものではない。他の業界は知らないが、製薬業界は、数万円・数十万円くらい見積もり価格が違ったとしても気にも留めない。多少高くても、しっかりした品質のものを出して欲しいのだ。だから翻訳会社もそれを踏まえて、しっかりした翻訳をして欲しい。その結果として…私の翻訳単価もいつか上がると良いなぁ…と思うのである(笑)。

| | コメント (0)

2007年9月 9日 (日)

取捨選択

この週末はおうちで論文翻訳。といっても仕事ではないので(=半分仕事みたいなものだけど)、ノンビリまったり。久しぶりにボランティア翻訳を1本仕上げなければならない。それほど急がないのでお時間のあるときにお願いします、と頼まれたのが2ヵ月以上前…。さすがに、まだでしょうか?と催促が来てしまった。当たり前だ…すみません、原稿を預かったまま年を越しそうな勢いである…。情報を待っている患者さんがいらっしゃるので…と言われると、うぉ~ゴメンナサイ、というわけで、この週末に突貫工事。仕事もそれ以外も何でも突貫工事のワタシ。。。

まぁ気持ち的には「○月×日、△時×分締め切り!」とは違うので随分とラクなのだが、作業的には今回かなり難物。論文の中身が、ということではない。論文自体は別に普段からやっていることだし、中身もいつも(=仕事)と同じように、フツーに難しい(笑)。問題は、私が内容を取捨選択しなければならないことだ。管理人さんいわく、今回の論文は、元の英文情報を提供しているサイトから全文の翻訳許諾が下りなかったというのだ。ただし部分訳(抜粋訳)ならOKと言われたそうなので、私が適宜ちょこちょことピックアップしてまとめなければならないのである。

これが難しい! もし自分が癌患者だったら、どんな小さな情報だって欲しいと思うだろうし、「通常は○○である。例外的に××がある」などの部分で、自分が「例外」に該当する症状があったら、その情報こそが必要なものだと思うだろう。しかも、今回の内容は小児癌。この情報を読むのは、小児癌の子供を持つ親である。自分のこと以上に、わが子を助けるための情報ならどんなものでも見逃したくない、と思うのではなかろうか。困ったぞ、どの情報を捨てて、どの情報を残すべきなのか。ザっと半分以下にしてください、1/3でも構いません、と言われているのだけれど、半分も捨てるのかぁ!? 始めから、この部分を訳してくれ、と言われているなら何も考えずに頭から一気に訳せばいいのだが、内容を読んで、要・不要を判断しながら訳すというのは別の意味で難しい。不要と判断した部分を必要とする患者さんがいるのでは、と思うとなかなか決められない。

この分野の論文関係の仕事には、抄録作成という業務がある。文字通り、論文(外国語)から抄録(日本語の要約)を作成する仕事だ。英文の論文1本を読んだ上で、非常に短く(1/10以下程度に)日本語でまとめる仕事で、学会の抄録集や、ネット上の論文データベースなどに収載される。医師や研究者はこの抄録を読んだ上で、必要だと判断すればフルの論文を読むわけだ。抄録作りには決まったルールがあって、イントロ、対象患者、試験方法、手技、結果、考察、などが簡潔にまとめられていれば良い。もちろん、全文を読んだ上で抄録を作成しなければならないので、それなりに時間のかかる大変な仕事では有るが。とにかく、読み手が主に医師なので研究対象としての情報が入っていれば良いと考えられるし、抄録をまとめる際もそのつもりで作成する。でも、対象が患者さんの場合もそれで良いんだろうか。

当然ながら医者じゃない私には、どの情報が特に重要で、どの情報が大したことの無いものなのか判断が付かない。患者さんが切望している情報をもれなく残してあげたい、と思うけれど、半分以下にしてくださいと言われると…う~~~~~んんんん! もともと英文というのは、無意味なことをダラダラ書かない言語だし(=その点、日本語は無意味に曖昧な文章をダラダラ書くので、まとめようと思ったらギュギュっと濃縮できることが多い)、特に科学論文では、どれも必要だから書かれているハズだ。さて困った。でも困ってても進まないので、とにかく頭から全部訳すしかない。訳して、日本語になった上で、消去法でカットしていくしかないだろうなぁ。

| | コメント (0)

2007年9月 7日 (金)

辞書加工

珍しく会社で必死に仕事していたときのこと。普段は会社ではあんまり(というかほとんど)必死に仕事することのない私だが、たまには忙しいときもあるわけで、その日は「今日中に仕上げなければならない」作業を一心不乱にやっていた。夕方5時をまわり、あと1時間くらいでどうにか仕上がりそうだとホッとしたとき、フと隣のプロジェクトチームの人たちが部長も交えてワイワイ言っているのが耳に入ってきた。こんなの判らないよ、とか、調べても探せません、とか、英辞郎じゃムリだよ、とか。なぬなぬ? 興味を引かれるではないか。私は翻訳者としての検索技術は中の下くらいだろうと思っているが、検索好きはこの仕事をやっている人には共通の特性。探せない、調べられない、なんぞと言われようものなら、「ぬぉ~私に調べさせてみろ!」と思わずにはいられない。

つつつっと近寄って、どうしたんですか?と訊いてみると、なにやらエクセルの一覧表を前に困っている様子。病名ですか、それとも副作用?と訊いたところ、患者さんの症状のリストらしく、具体的な身体の場所が出てきて、どこがどういうふうに痛い、などという形でズラっと英語が並んでいる。「どこが」というのがそもそもかなり特殊な(一般的な辞書で載っているかどうかというような)場所だし、その痛みの表現がまた妙に口語的で判りづらい。きっとネイティブにはかしこまった医学用語よりも口語表現のほうが判りやすいのだろうけれど、口語表現になると日本人には一気に難しくなるワケで。でもとにかく、そんなリストを見せられた日には、ついつい、「やりましょうか」と言ってしまい、あと1時間で仕上げようと思っていた「今日中の締め切り仕事」を一瞬忘れてしまった…。おかげでちょっと残業になってしまったが、とにかく何とか両方とも終わらせた。ついでに、以前から訊いてみたかったことを質問してみた。隣のプロジェクトチームの人たちは何の辞書を使っているのだろうか、と。

予想通りというか何というか、基本は英辞郎をPDICで使っているだけ、とのこと。もちろんチームメンバーで統一用語ファイルを作成しているので、それは常時アップデートしながらPDICに入れているようだったが。でもねぇ、部長の言葉ではないが、英辞郎じゃムリでしょうよ…。そこで、今日は以前から気になっていた辞書環境について部長に相談してみた。私は私物の辞書を使っているが、今回のようなこともあるだろうから皆さん辞書環境をそろえたほうが良いのでは、と提案し、英語系の大辞典、医学英語の大辞典を各1つずつ導入して欲しい、そして出来ればMedDRAの一括データが欲しい、と言ってみた。部長はすぐに同意してくれて、さらに医学辞典(医学英語ではなく、国語辞典のように、医学用語の意味が日本語で解説してあるもの)も合わせて3種類を導入しようと言ってくれた。どんなものが良いのか調べて欲しいと言われたので、調べるまでも無い、私のイチオシとして、英語系はランダムハウス、医学英語は南山堂(=ステッドマンはすでに社内にあるので)、医学辞典はプロメディカVer.3をお願いします、と即答。全部、自宅にはありますけどね(笑)。会社で堂々とインストールしてもらえるならそれに越したことは無い。そして肝心のMedDRAについては、ヘルプデスクに訊かないと判らないと言われた。いや、ヘルプデスクじゃないと思うんだけどな。。。

ところが、やっぱりヘルプデスクだった。MedDRAには会員種別があり、一般会員の場合はウェブサイトでひとつひとつ用語を検索するだけだが、コアメンバー(一般会員よりも上のメンバー)には一括データが提供されるため、ウェブサイトではなくスタンドアローンで使用できる。データの加工もできるので、辞書ブラウザで引くことも可能になる。どうせ辞書ソフトを導入してもらうのであれば、MedDRAも一緒に引けるようにしたい。でも会社から提供されているMedDRAのIDは一般会員のもので一括データにはアクセスできず、ムリなのかなぁと諦めていた。私は個人的に数年前のMedDRAの一括データは持っているが最新版は持っていないのだ。ところがところが。ヘルプデスクの人たちはコアメンバー会員のIDを持っていたのだ(一般社員にはそのIDは教えていないらしい)。スタンドアローン用のデータならありますから使ってください、という。そ、それですよっ、それが欲しかったんです! ああ、もっと早く部長に相談すれば良かった。

数分後にはMedDRAの一括データがアッサリとメールで送られてきた。ううううれしい。これをサクっと加工して辞書で串刺し検索できるようにしよう。と思ったのだが。確かに以前にもやったのに(といっても数年前だが)やり方をすっかり忘れている。テキスト化して対訳化してPDIC化してEBStudioだよな…と思って、何度も試すのにうまくいかない。EPWing変換についてググってアレコレ調べながら、説明通りにやっているのに、エラーが出たり文字化けしたりデータの容量がやけに少なかったり。気が付いたら3時間以上も変換と格闘。そんなに難しいハズは無いのに! でもどうしてもうまく行かない。えええい、もう良い、一晩おいたら出来るかも、と思って諦めて帰宅。でもどうしても悔しくて、帰宅後に自分のパソコンの中の設定をアレコレ見てみた。いったい、以前はどうやって変換したんだろう。

そして自分のパソコンの中の辞書データをアレコレ見ていたら、あれっ、テキスト化する前にCSV化している…これかなぁ? と思って、自前のMedDRAデータで試してみた。まずCSV化→対訳化→PDIC化→EBStudio化してみたら、、、、でででできた!!! 文字化けもナシ、なんてことだ、10分足らずで出来てしまった…。あああああああ、あの3時間はなんだったんだ…。でもまぁ終わりよければナントヤラ、やっとMedDRAの加工が完了。これでMedDRAも他の辞書もいっぺんに串刺し検索できる! 早く部署の皆さんにも教えてあげたい。月曜日がちょっと楽しみだ、わくわく。
 

| | コメント (0)

2007年9月 3日 (月)

好きな事

ずっと何年もお世話になってきた英語コミュニティサイトが終了した。私が通っていた英語学校の同窓生のサイトである。学校自体が閉鎖になってから発足した同窓生用のサイトだが、もう本家の学校も無いのに、いつまでもサイトが残っているハズもなく、ここ最近は書き込み自体も稀になっていたので、なくなってしまうのも時間の問題かなぁとも思っていた。潮時だったんだろう。

サイトがなくなっても、私自身は仕事のこともあって英語や英語の資格試験とは縁を切れないだろうし、切らないつもりだ。ただ、アレコレ私が見た中で一番レベルも高く内容も充実していたサイトがなくなってしまったわけで、これからは良質の情報を集めるためにはよそのサイトを放浪しなければならない。フと思いついて、数年ぶりに、以前はちょくちょく見ていた英語関係のサイトにいくつか立ち寄ってみた。そのサイトの1つで、比較的最近の過去ログをザっと読んでみたら、某1級取得者さんが、準1級取得から1級(1次のことと思われる)までに9年、さらに2次合格までに14年掛かった、ということを書いていらっしゃって度肝を抜かれた。私自身も、そして私の周囲にも、それなりに時間をかけて挑戦している方も多いが、それにしても14年…。まぁ、毎回しゃかりきになって受験していた感じではなく、試験勉強から離れて自分の中で機が熟すのを待っていたのでそれだけの時間が掛かった、と書いていらっしゃったので、なるほどと納得したけれど。私も、そういう意味で言えば、初めて1級を受験したのは21歳のときだから、合格までに余裕で10年以上掛かっていることになる。21歳のときに何の準備もせずにポンと1級を受けて、3回連続で不合格C。何よこの試験、フン、とフテ腐れて(笑)放ったらかしにしていた。それでも仕事では社内で文書の翻訳をしたりアテンド通訳をしたり。そうしてやっぱりちゃんと勉強したい、ちゃんと試験に受かりたい、と思うようになって英語学校の門を叩いたのが20代後半。自分の中で機が熟すまでにそれだけの時間が掛かった。

結局、好きな事というのは、何度失敗しても、誰に止められても、自然に気持ちが向いていくのだと思う。諦めるというのとは本質的に違う。続けていて楽しいしイヤにならないのだから諦める必要なんかどこにもない。どこで読んだ話なのか忘れたけれど、有名な音楽家(ピアニストだったか指揮者だったか)の話で、「どうやったらピアニスト(指揮者)になれますか?」と音楽家を目指す人に質問されると、いつも、「あなたは音楽家になれないから諦めなさい」と答えるのだそうだ。どうしてですか!?と悲痛そうに切り替えされると、「その理由は、あなたが私にその質問をしたからだ。本当になりたいなら、誰に何を言われても、たとえ、お前には絶対にムリだ、諦めろと言われても、そんなことは関係ない。自分の内から、どうしても音楽家になりたい、音楽家にならなければ生きている意味がないと思えるなら、誰になんと言われようとその道を目指せば良いのだし、すでにあなたは音楽家なのだ」と言うそうだ。

当然だよなぁ。好きなことは誰に止められても、諦めることも捨てることも出来ない(というか、捨てろと言われたって捨てる気なんかサラサラ無い)。5年経とうと10年経とうと、忘れ去っていたと思っていても、「ああ、無性に取り組みたい!」という気持ちになるのが本当の「好き」なんだと思う(=これを恋愛に置き換えると、私ってストーカー要素満載なんだよなぁ…うーむ、いや、まぁ、その話は置いといて)。別に表彰式に立ちたいわけではないのだから、自分のペースで好きなときに英語を読み、英語を聴き、マイペースで勉強を続けていれば一定のレベルに達して、どんな試験だって突破できると思う。他人と比べる必要もなく、ムリだと言われても好きならやめずに続けていれば良いだけだ。例え環境が許さなくても、好きで続けていれば道は開けてくると思う。楽器も持っていないのに無性に弾きたくて仕方ないと思う私が良い例だ(笑)。好きな事を続けるというのはそういうことだ。そして、そういう好きな事を何か持っているというのは、なんて幸せなことだろうと思う。

| | コメント (2)

« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »