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2007年1月31日 (水)

用語統一

今回のシュラバ案件で非常にマヌケなことをしてしまった。分量が多いことと、念のためのバックアップという意味もこめて、ファイルを分割して作業していたのだが、途中でトラツル子ちゃんの統一用語集が「不統一」になってしまった。ファイルに名前をつけるときに、上書きではなく、日付を付けて新しく保存していたのだけれど、どこでどうして間違えたのか、途中から最新版ではないファイルで作業をしてしまったらしい。翻訳作業のファイル自体は間違えていなかったのだけれど(=というよりも、その作業ファイルを間違えたりしたら、それこそ大バカ者だ)、統一用語を保存するファイルを間違えたのだ。その結果、確かに登録した覚えのある用語なのに、どうしても出てこないということが頻発するようになり、これはおかしい…と思ってファイルをアレコレ確認してみたら、複数のファイルがごちゃまぜに使用されていることが判明。ガックリ。

案件自体の量がそれほど多くなければ、目視でチェックすることも可能だし、そもそも、分量の少ない仕事ならファイルを分割して作業・保存などしようとも思わないのだけれど、今回は裏目に出てしまった。特に、名詞ではなく、フレーズとして統一して使いたい表現が多いので、用語統一機能をフル回転で使っていたのだ。それがごちゃまぜになってしまうとは。。。例えば○×△病、などという単純な名詞表現なら、ある程度のページ数をやっているうちに勝手に覚えてしまうから構わないが、「○○の△△における××に対する□□の評価」などという表現がじゃんじゃん出てくると、フレーズを登録しないわけにはいかない。勝手に訳すと、これまた私のニガテな前置詞(inなのかofなのかforなのか)がゴッチャになる可能性大なのだ。それなのに、せっかく用語を統一するために登録したハズのファイルがバラバラになってしまったのだ。不統一な統一用語集なんてホント洒落にならない。

簡単にチェックできるかなぁ、と思ってトラツル子ちゃんのサポートサイトに行ってみた。統一用語集の管理のためのコンバーターがあり、重複登録した用語などを簡単に探せるらしいので、今ダブっている複数の統一用語集のファイルをすべてマージして、そこから重複用語を削除すれば、一応は私の目的は達せられることになる。でも、う~む、修羅場のときにそういうものを新しく使うのは危険。というわけで、シュラバっているのにマニュアルで用語統一のための余分な作業をするハメになった(泣、しくしく…)。我ながら非常にアホなことをした。

おかげで分量の多い仕事をするときに気をつけるべきことを一つ学習した(=…と前向きに考えることにする)。そして時間があるうちに、ファイルコンバーターをちょっと試しておこう。

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2007年1月27日 (土)

中間校正

シュラバの最中にいったん翻訳作業の手を止めて中間校正をした。全体の翻訳分量が多いので(=しつこいようだが「私にとって」という意味で、先輩翻訳者さんたちから見れば大した量ではないと思う。ぺーぺーはこれで四苦八苦しているのであります)、最後まで一気に訳してから校正に入るのはちょっと危険な気がしたので。まぁラストスパートの一歩手前~、という状況なので、最後に校正するのとあんまり変わらないとも言えるけれど。本当は、翻訳作業に煮詰まってきたので別の作業をしたくなったというのもある。前向きな現実逃避といったところか。

海外ベースの翻訳エージェントさんからいただくお仕事の場合、フィードバックをいただけることが多いのだけれど(=毎回必ずというわけではない)、これがかなり私の翻訳スタイルに影響してくるようになってきた。冠詞や前置詞の扱いだ。日本人が校正チェックしたものの場合、チェッカーさんの力量のホドは判らないけれども、どうも人に拠って違うというか、その都度違うというか、え~コレどうしてここが直されるわけ?みたいなものがあったりするし、かなり曖昧。でもネイティブさんに冠詞や前置詞を直されたら、それはもう反論の余地が無いし、実際、自分で読み返してみて、いちいちウンウンと納得できる。これを取り入れないテはないではないか。

私は、自慢じゃないが、というより、これはもう目一杯恥じるべきことだが、本当に冠詞や前置詞に弱い。英語の学習をしていたころは、読解も英作文も会話もリスニングも、大きく全体をザックリつかむほうが得意で、小さな部分を正確に表現したり読み取ったりというのがあまり得意ではなかった…というより、あまりそういうことに重点をおいてこなかった。全体が判るからいいじゃん、という感じである。森を見て木を見ず(=というより、森を見て葉っぱを見ず)という感じだ。だから英単語を覚えるのが大のニガテ。単語を知らなくても全体を通して読めば言わんとしていることが判るから良いじゃん、と思っていた。そして、翻訳をするようになって、とりあえず単語は辞書や用語集にお任せ。文法の怪しいところはその都度、必死に調べる。今までそういうやり方で何とかこなしてきた。でもネイティブさんの校正が入った文章を見て、今より一段階レベルアップを目指すために、冠詞と前置詞にもう少し気を遣おうと思うようになった。

ひらたく言うと、今まで製薬会社に勤めていて、翻訳するときに定冠詞なんてほとんど使っていないのである。たとえば「Investigator and Sponsor are responsible for ~」とか、「Efficacy of study drug is ~」とか。社内でも普通にそれで通っているし、ほかの文書を見ても全部そういうふうに表記されているし、参考文献を訳すときも定冠詞や冠詞なんてほとんど使わなかった。一般ビジネス文書はともかく、医学系の文書の場合は、病名、薬剤名、症状、試験、検査、データ、項目などなどには冠詞は要らないものだとさえ思っていた。でもネイティブさんの校正が入ったフィードバック原稿は、徹底的に定冠詞が入れられている。入れたほうが良かったのね…。そういうことであれば、これからは入れるようにしよう。そんなわけで今日はじっくり中間校正をしたわけだ。気をつけていても、すっかりクセになっているので本当に定冠詞が落ちている。あまりにも数が多いので、定冠詞とセットでトラツル子ちゃんに用語登録してしまった(笑、「the Investigator」とか「the clinical study」とか)。でもここで中間校正しておいて良かった。しっかりと文章を見直したことで少し怪しかった部分も解決したし。全部訳し終わったあとの校正作業がグっとラクになると思う。とは言うものの、今日の翻訳ノルマは相変わらず押し気味なのであった…。山登りはもう少し続く。

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2007年1月25日 (木)

山登り中

ひたすら消火活動中。山を登っているのか山火事を消しているのか自分でもよく判りませんが。山火事のカチカチ山を、山すそから頂上に向かって消火活動しているようなものだろうか…。ノルマ、順調に押しております(=日本語がヘン)。いやもう、予定通りに遅れているというか。ゆうべは「えーいっ、気分転換っ!」なんぞと言って、シュラバ中なのにノンビリ普段通りにお風呂に入ってリラックスしているし。当然、風呂上りには気が大きくなって、ノルマがナニさ、明日挽回すれば良いのよ、などと思ってしまい、仕事にならない。で、その分の超過ノルマはズッシリと今日に回ってくるわけで。悪循環だなぁ。。。でもまぁ今日のノルマは今のところ順調。もうちょっとピッチを上げればなんとか12時前には落ち着きそう(=で、パソって遊んでいるわけで)。

昨日は、今年に入ってから初めてボランティア翻訳の依頼があった。緊急の依頼で週末までに仕上げて欲しいと言われたのだけれど、ほんっとーに申し訳ないが今回はお手伝いできない。今週末はどうしても無理なのでゴメンナサイ、せめて月末までということであれば、そのときには山火事を消火し終わっているハズなので手伝えるけれど、とお伝えしたら、今回の案件は超特急でサイトに掲載したいので、それでは今回はいいです、とのこと。こういうときにお手伝いできないというのは本当に申し訳ない。依頼された記事はそれほど長いものでもなかったし、内容的にも興味深そうなものだったのでお手伝いしたかったのだけれど。でも自分の作業キャパシティを考えると、やはりお引き受けするのは危険。

とにかく消火器をかついで(=お、火消し道具がコップの水から消火器に昇格している、笑)、ひたすら山登りだなぁ。単調なように思えて、山登りの最中にもいろんなことが起きる。先週の花火案件は不意打ちで入ってきた依頼だったけれど、ほかにも定期案件の論文との並行作業もある。さすがに今週はこれ以上のことに手を出すと私が山から(崖から?)転がり落ちそうなので、定期案件のほうは納期を山火事の消火後に調整していただいた。こうことをお願いできるのも、ある程度エージェントさんとのお付き合いが出来てきたからかなぁと思う(=定期案件で納期調整をしていただくのは今回が初めてなのだ)。快く応じていただけて助かった。消火活動はそろそろラストスパート…の一歩手前くらい。

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2007年1月23日 (火)

四苦八苦

引き続き楽しい修羅場街道で四苦八苦中。今日はノルマ遅れ気味で「うぎゃー!」だの「どひゃー!」だのと脳内で叫びつつも、なんとか本日のノルマ終了。くぅー、この状態がまだ数日続くのかと思うと…前半ぐーたらしていた自分が恨めしい…とは言っても、判っててぐーたらしてたんだから誰にも文句は言えない。さすがにぐーたらな私でも普段よりはちょっと規則正しい生活リズムを維持して「おうち仕事」時間を確保しなければ、と思うので、夜は若干早めにお布団に入ろうと心がけてはいる。が、こういうときに限ってといいますか、午前1時半ころ、パソコンを切って布団に入ったと思ったら携帯にメール着信音(=私はパソコン宛のメールはすべて携帯にも同時に転送されるように設定している)。どうせ夜トモの誰かからのおしゃべりメールか、あるいはオークションの通知連絡か何かだろうと思いつつもメールを読んだら、先週、火事の最中にねじこんだ花火案件(=なんだよ、このネーミングは?)の論文を納品したエージェントさんから、フィードバック兼最終確認願い。どわわわわ。

このエージェントさんは私がお取引いただいている中で唯一海外ベースの翻訳会社である。私が英訳した論文は、現地でネイティブチェッカーさんがチェックしたあと、私にフィードバックをくださる。が、現地のネイティブさんがチェックするということは、つまり、おそらく(=というか間違いなく)、日本語が判らないネイティブさんが、英訳したものだけを読んで、文法チェックや意味の曖昧なところをチェックするわけだ。オリジナルの日本語原稿と照らし合わせているわけではない。英語だけを読んで直しているので、少しでも曖昧な表現が残っていると、「意味不明!」と書かれて戻されることになる。

実は以前、このエージェントのコーディネーターさんから、フィードバック原稿を返してもらい、「意味不明!」と書かれた箇所を再確認してください、と言われて、そんな部分があるのかぁ!?とドキドキしながら送付されたファイルを見たら、修正履歴で真っ赤っ赤の上、「意味不明!」とマークされたところが何ヵ所もあって、めまいを起こしそうになった。が、よくよく読むと…おかしい…。確かに論文はこれで間違いないけれど、この部分は訳した覚えが無い…。恐る恐るコーディネーターさんにその旨を伝えると、分担訳だったらしく、私の担当箇所ではない原稿を送付してきたらしかった。ああああ、ホっとした…(=ちなみにその後に正確なファイルを確認したら、定冠詞などのマイナーチェンジはあったものの、「意味不明!」というマークは1ヵ所も無かった。良かった…)。

そんなことがあったので、とにかくフィードバック原稿を見ないことには安心できない(=さすがに携帯ではワードの中身までは見ることができない)。でも修羅場中なので夜更かしは避けたい。うーむ、朝やるか…。そう思って、私にしてはガンバッテ30分早起きし、出社前にパソコンを立ち上げ、中身をチェックした。実は自分でも気になっていた「アヤシイ箇所」があったのだ。案の定、そこにはバッチリ「意味不明!」マークが…。日本語原文を読んでいないネイティブチェッカーさんに伝わるように、元の日本語で言いたかったことをコメント機能で説明書きし、バタバタとメール送信してから出社。通勤電車の中で返信メールを受け取り、言いたいことが判ったのでマイナーチェンジを入れておきました、とのこと。一安心!である。それにしても、ネイティブさんに見てもらえるというのはありがたい反面、本当に自分の訳文ひとつなので怖くもある。自分が原文の意味を取り違えて、誤訳したままもっともらしい英訳をしていたら、そのまま通ってしまいかねない(=もちろん、そんなことはしていないつもりだが…)。原文を正しく理解すること、正しく伝えること、正しく訳すこと、この3つができていないと、ネイティブさんに「意味不明!」と言われてしまうことを実感。ついつい、見た目に「正しく訳すこと」に重点を置きそうになるが、その前のステップのほうをこそ、おろそかにしてはいけないのだなぁ。「正しく伝えること」ができないということは…英語力がまだまだ足りんということか。ああ四苦八苦。

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2007年1月22日 (月)

消火活動

楽しい修羅場街道をばく進中であります。山火事を必死にコップの水で消火活動している気分。大体、私はいっしょーけんめい頑張るというのが苦手なのである。ぐーたらなニンゲンなので、全力疾走は極力避けたい。でも先にぐーたらしちゃったもんだから後がないのである。コップを持って必死に往復しながら走っているようなものである(=しかし、こんなんで消火できるんだろうか…)。

ホントーに後がないので1時間ごとにノルマ設定状態。○時までにここまで終わらないとお茶も飲んじゃダメ!トイレもダメ!ネット遊びなんてもってのほか!という状況で、ひぇぇぇ~と悶絶中。と言いながらネット遊びしている(笑)。まぁ、とりあえず本日のノルマを3時間分ほど先取りしているから良いことにする。でも3時間分なんて、ちょっとぐーたらしていたら、あっという間に追いつかれてしまうのだ(=ナニに?って、時間に、である)。毎日夜12時まで仕事しなきゃならないスケジュールになってしまっている。それもこれも前半のぐーたらが…以下同文。

消火活動といえば、関西地方の某カラオケ屋さんで起きたホンモノの火事で逮捕された女性は、消火器の使い方が判らなかった、と言っているのだとか。イザというときに備えるとは言っても、なかなかイザというときにパっと使うのは難しいよなぁと思うと、その部分に関しては同感してしまう(=とは言っても、揚げ物をしてるときに10分以上その場を離れるというのがすでに過失だが。5秒くらいなら判らなくも無いが=いや、本当は5秒だろうと1秒だろうとダメなんでしょうけれど)。私は以前にAED(除細動器)の使い方、心臓マッサージ、人工呼吸の講習を受けたことがあるが、あの講習の1回だけで、今後イザというとき、必要になったときに、果たしてパっと対応できるかと訊かれると自信が無い。消火器にしても、私もロクに触ったこともない。

お亡くなりになった方がいるので同じに例えては不謹慎かもしれないが、私も自分の大火事で(=こちらはバーチャル火事であるが)消火器の使い方が判ってないようなものだ。ああ~でも前半に火の見櫓で小火事を見ながら昼寝していたようなものだから自業自得である。さて、消火器代わりに、コップに水を入れて消火活動を続けよう…。

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2007年1月19日 (金)

早起き薬

シュラバっているうちの1本は無事に納品。といっても火事の消火活動は相変わらずアヤシイ。この週末に挽回…できるかなぁ。すでに全力疾走に挫折しているところなので、これまたかなりアヤシイ。

今年の目標の「早寝」はとっくに挫折しているのだが(=「早寝早起き」なんてハナから無理なので、とりあえず「早寝」だけを目標にしたのだが、これもやっぱり無理だった…)、早起き遺伝子解明というニュースを見て、おおぉ?と思った。夜更かし遺伝子も遅かれ早かれ解明されそうである。それにしても、遺伝子の解明すらも、「早起き」のほうが先で「夜更かし」のほうが後か(苦笑)。まぁ表裏一体という言葉もある。どちらかが解明されれば、もう一方にも光明というものだ。そのうち「早起き薬」とか開発されるのかなぁ。そうしたら私はヘビーユーザーになりそうだなぁ。

こういうニュースが和英で読めるというのはありがたい。訳文の精度はともかくとして、自分で読み比べることができる材料というのはいくら有っても良い。某製薬会社のサイトで、その会社の製剤に関連した疾患の論文が毎月数本ずつ和英で掲載されていたので、参考訳として重宝していたのだけれど、12月末でそのサービスが終了になってしまった。論文を和英で読めるところは少ないけれど、こういう医学ニュースなら和英で読めるところがまだまだ沢山ある。コマメにチェックしなくちゃ。

http://health.nikkei.co.jp/hsn/news.cfm?i=20070119hj001hj

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2007年1月17日 (水)

同時進行

年末からお預かりしている大型案件(=諸先輩方にとっては大したこと無い量だろうと思うが、私にしては、という意味)がどんどん火事になっている(=どんどん遅れが悪化している)。うーむ。火の見櫓に避難して、困ったわ~、とヒトゴトのようにノンキに眺めているだけでは永遠に終わらない…ので、いよいよ全力疾走モードで消火活動に入らなければならなくなってきた。でも全力疾走できるんだろうか。体力ないからなぁ…。

それなのに別件で論文を受注してしまった。あああああ。火事の中に花火を放り投げるようなものか? でもまぁ毒を食らわば皿までだ(=? 意味不明)。幸い「会社仕事」のほうは引き続きノンビリモードだからどうにかなるだろう。

…と思っていたら、会社仕事が一気に忙しくなってきた。あわわわ。同時進行とか平行作業とか、スマートにこなせるようになりたいと思っているのだけれど、まだまだ力量が足りなくてダブルタスクをこなすのが難しい。まぁ、ぬるま湯の中にばかり居ては、いつまで経っても鍛えられないスキルではある。筋肉にはちょっと疲れるくらいの負荷をかけないと鍛えられないというけれど、翻訳筋肉もそれと同じだな。とにかくせっせと消火活動をしつつ、会社でヘロヘロにならないようにバランスを考えながら何とか頑張ってみよう。ネット遊びをしばらく自粛しなきゃならんかも(=と言いつつ自粛した試しは無い…かも)。

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2007年1月16日 (火)

色々な人

昨日は澄んだ青空で、朝の通勤電車の中からボーっと外を見ていたら、遠くに霊峰。久しぶりにあの清清しい姿を見た。ちょっと日本人でいることが嬉しくなる。単純である。

このところ、またもや世の中には実に色々な人たちがいるものだなぁとヘンに実感。他力本願とでもいうか。自分で考えないと脳ミソが退化すると思うのだが(=まぁ私も、退化していないのか?と訊かれると返答に困るが)。どう考えても、私自身が発展途上というか、一人前の翻訳者になるという目標に向かって、本人なりに上り坂を必死に歩いているところなので、山頂を見上げてどうしようか考えている人たち、これから登ろうとしている人たち、登り始めたばかりの人たちのことを振り返る余裕は無い。私も、前を登っている無数の先輩たちの背中を見ながら、黙々と(=? そのわりには饒舌だが)登っているのだし、たまたま時期的に(=能力的ではない)私の後ろにいる人たちも、一緒に黙って登っていけば良いのだと思っている。

でもそう思っていない人も多いのかなぁと思わされることも多い。翻訳未経験者でも受験できるトライアルをやっている会社名を教えてください、と言われたことがある。ネット上でのそういう情報の探し方なら教えて上げられるけれど、今トライアルを実施している会社の具体的情報を教えてくれということなら断る、と返事をしたら、見ず知らずの人にどうしてそういう意地悪を言うのか?と言われて、これまた、はぁぁぁ???、絶句、である。見ず知らずの人にこんな親切な回答をしてあげているのに、と思ったのだけれどなぁ。私が英検現役受験生だったころ、英検といえばこの掲示板、という情報サイトがあった。今はもうブラックホールかサルガッソーかというくらい荒れていて機能していないが、その掲示板が活発だったころ、英検の受験申し込みハガキに貼る切手代はいくらですか?という質問があった。はぁぁぁ?、である。誰も回答せずにスルーしていたら、質問した人が再度書き込みをしていた。てめーら教えろよ!、、、というようなカキコミだった。はぁぁ。

今日は某翻訳関係のサイトで、ある社会人が翻訳者を目指してこれから勉強したいという書き込みを目にした。英検3級の実力でこれから英語を勉強したいのだが、翻訳学校に通うべきだろうかという内容だった。はぁぁぁぁ、と思った。実に色々な人が居るものだ。ネットで情報はあふれている。それを自分でうまく使おうという発想はないのだろうか。ネットを使うということは、なんでも簡単に人に訊くということではないのだけれどなぁ。そんなんじゃいつまで経っても、高い山に登ることはできないだろうに…と思う自分も、登っている途中だから人のことは言えないのだろうけれど。

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2007年1月14日 (日)

メンヘル

いやなこと、つらいこと、苦しいことがあったとき、相手のせいにしても何も解決しないし自分が余計に苦しくなるだけだから、自分のせいだと考えて、ごめんなさいと言ってしまったほうがずっと気持ちが楽になる…というような主旨のことを愛読している某ブログで目にした(=私なりの言葉に翻訳してしまっているので内容が変わってしまっているかも知れないが)。そうとも言えるし、そうでないとも言えるよなぁ、と思った。周囲が良い人ばかりであればそれでも済むのだが、残念ながら世の中は謝った人が損をするようにできていたりする。謝ると余計に苦労をしょいこまなければならなかったりする。謝っても何も報われなかったりする。

相手のせいにして相手に憎しみを募らせていくことは、確かに自分が重苦しくなるし、誰も救われないのだけれど、自分のせいにして自分を追い込んでいくのも、やはり誰も救われない。自分のせいだと考えて、ごめんなさいと言って、それでも事態が一向に好転しないと、その重荷はどんどん膨れ上がって、その結果待っているのは鬱病だったり自殺だったりする。相手を殺すか自分を殺すかという選択になってしまうわけだ。

神経質で性格が生真面目でなにごとも真正面から一生懸命に取り組むタイプの人が鬱病になりやすいと言われるので、性格がぐーたらでいい加減でノーテンキの私は絶対に鬱病にならないと思っている。何かイヤなことがあると、他人のせい、お天気のせい、世の中のせい、神様のせいだと思うことにしているので(笑)、自分はのうのうとぐーたらしている(=余談だが、こういうことを書くと文字通り本気にとる人が居るというのはちょっと驚きである。以前に、遊んでばかりいないで少しはマジメに勉強したら?とブログを読んでいる人に言われたことがあって、その想像力の乏しさに言葉を失ったものだ。いや、まぁ、良いんですけどね)。

メンヘラーという言葉を初めて見たとき、一瞬なんのことか判らなかったけれど、すぐに、メンタルヘルスを病んでいる人のことだと思い当たった。昨今はメンヘラーさんが増加の一途だと感じる。人のせいにしても苦しい、自分のせいにしても苦しくて、心を病んでしまうのだろう。逃げちゃえば良いのにな、と思う。私はスタコラサッサと逃げる。敵前逃亡、大いに結構ではないか。努力や我慢はちっとも偉くないし美徳じゃないと思う。最善の努力は良いけれど、命を削って努力しても何にもならない。私は自分自身は鬱病とはまったく縁がないが、なぜか呼ぶように周囲に鬱病が多く、今年も新たに知り合った人が早速メンヘラーさんだった。目に見える病気の解明に比べて、鬱病はまだまだ判らないことが多い疾患で、もちろん疾患として興味はあるけれど、私の周囲のメンヘラーさんたちを見ていると、人が幸せに生きるために医学や科学ができることというのは相対的に本当にわずかなものだと思う。人間自身の持つ優しさ、思い遣りの気持ち、愛情というものが、結局は一番影響が大きいから。それが歪むと、相手を責めたり自分を責めることになって、メンヘルの病気が生まれるのだと思う。

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2007年1月10日 (水)

押し気味

新年になって10日経過。すでにあちこちでいろんなことが押している。文章スッキリって誰のセリフだったっけ状態だし、お部屋スッキリもなんのこと?状態。でも何よりも「おうち仕事」が押している。予定通りに進まない。取り敢えずなんとか少しずつは進めているが、今のペースだと後半に大火事必至である。もちろん後半になればなるほど加速度的に処理は上がってくるのだけれど(=一度訳した文章の使い回しができるということではなく、内容の理解度や、自分の頭の中で訳文の形成パターンが出来上がるので後半ほどスルスルと訳しやすくなる)、それにしても押している。すでに作業にして丸2日分の遅れ(=って会社が始まってから、おうち仕事を全然やってないのと同じ状態じゃないか)。やってはいるのだけれど、ちっとも計画とおりに進まないのである。さらに明日、明後日と毎日少しずつ遅れが増えていくと…山火事だ、大津波だ、大地震だ、その前にどうにかしなければ…。

幸い「会社仕事」のほうはそんなに忙しくない。それほど大量の仕事も押し寄せてきてはいないし、まぁ普通に淡々とさばいている。疲れを残さずに済むのはありがたい。今週は大きな会議があり、そのために海外本社から何人ものビジターが来ているので、社内のあちこちでグッドモーニングだのハッピーニューイヤーだのという声が聞こえている。英語を聴くのは久しぶりだなぁ(笑)。翻訳というのは地味な仕事なので、1人でパソコンに向かっているだけでは何をやっているのか周囲の人たちには判らない。外国人付き秘書をやっていたときは朝から晩まで英語を話していたので、一目瞭然、「あの人は英語がしゃべれる人」だと思われていたし、国際電話が掛かってくるとすぐに呼ばれたりした。今は私は社内で一言も英語を話したりはしないし、話せると思っている人もいないだろう。上司にはテレカンのヘルプを頼まれたことがあるけれど、みんなカタコト程度はしゃべれるのでほとんど必要ないし。というわけで私の英語リスニング・スピーキング力は衰える一方だ。仕事上ほとんど必要ないし、まったく使っていないのだから衰えるのも当然ではある。

会議では英語のプレゼンを聴かされるんだろうなぁ(=全社員、全派遣スタッフ参加ということになっているのだ、気が乗らないけれど強制参加だから私も参加せざるを得ない)。海外から本社役員がズラっと来ているから、もしかするとプレゼンは1つ残らず全部英語なんだろうか?! …途中で寝ちゃいそうだなぁ…。押している「おうち仕事」が気になるから、どうせならおうちで仕事していたいなぁ。

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2007年1月 9日 (火)

巡り合い

とうとう正月モードも完全に終わってしまった。気分的には正月はすっかり遠い彼方である。新年の挨拶は5日に出勤したときにあらかた済んでいるし、会社の入り口においてある門松に違和感を覚えたほど。同じ部署の社員さんが、「あ~早く来年の正月にならないかなぁ!」と言っているのを聞いたときには思わず笑ってしまった。周囲もすっかり通常営業に戻っている。

省令名の英訳に四苦八苦。英訳というより、定訳を確認しなければならないので面倒くさい。なんでもそうだけれど、自分で勝手に表現して勝手に作ってしまって良いなら時間も掛からないのだが、それでは翻訳にならないわけで、内心ブツブツ文句を言いつつもひたすら検索と裏取りの繰り返し。厚労省のサイトというのはどうしてこんなに見づらいのだろう。少しでも判りづらくしようと思ってるんじゃないのかぁ!?と唸りたくなる。必要な情報をパっと引き出せたことがない。今まで複数の製薬会社で仕事しているが、欲しい情報というのは大体どこでも似たようなものだ。それなのに毎回四苦八苦してしまう。私が検索下手というよりも、絶対にサイトの構成が悪い!と確信している。もう少しどうにかならんのかなぁ。

昼休みにボケっと外を歩いていたら、いきなり後ろからコンニチハと声を掛けられた。へ?と思って振り向いたら、あららら、ほんの一時期、某証券街で一緒に翻訳チームとして仕事をしていたネイティブ翻訳者のおにーちゃんであった。なんでこんなところに!と思ったけれど、そういえばこの近辺で就職するようなことを言っていたんだっけ。午後には、1月1日付けで中途入社の社員さんの挨拶まわりがあったのだが、数年前に私が勤めていた某製薬大手で私の上司だった人が入社して(=先月の人事発令で名前を見つけていたので折込済みではあるが)、いやぁどうもー、と互いに挨拶なんかしちゃったりして。上司と言っても私よりも若い方だ。それにしても、この業界、本当に人の行き来が激しい。私もクルクルいろんなところを回っているが、社員さんたちも実にクルクル入れ替わっている。ここ何年かは、行った先々で大抵は見知った人に巡り合うようになってきた。翻訳は基本的に1人でやる仕事でもあるし、私はあまり社員さんと接点を持たないし持ちたくないし興味もないのだが、こうして新年最初の本格的な通常営業初日にいきなり2人も以前に勤めていた企業の人と再会すると、うーむ、人との出会いをもう少し大事にしろというご神託?などと思ったりする(=私に一番欠けている部分なのだ、自覚大アリです)。確かに、自分では仕事を1人でやっている気ではいても、いろいろな人に助けられ支えられているのは間違いないのだし頭ではそれは判っている。今年は仕事の上でもその辺りに少し目を向けろということなのかなぁ。

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2007年1月 6日 (土)

メルマガ

たまりまくっているメルマガを冬休みになんとか目を通そうと思ってせっせと片付けていたのだけれど片付かないまま新年になった。手がつけられないほど溜めてから腰を上げているのでは追いつかないなぁといつものことながら思うぐーたらな私である。大体、読まないんじゃメルマガを取っている意味が無いじゃないか…(=いや、意味がなくは無いのだけれど。必要なときにハードディスク検索で引っ掛かってくれればそれで良いという考えもあるので。でもやはり本来の目的とは違うよなぁ)。

そんなわけで今年は出来る限り一週間ごとにコマメに読もうではないか、と思ってとりあえずNEJMの今週分をせっせと読む。無料で読める記事だけで5本もある。論文1本読むだけでも一週間くらい掛かりそうなのに、もう充分ゴチソウサマの世界だ。他にはこの一週間で(医学関係のみ)ザっとこんな感じ:

週刊医学界新聞
http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/nwsppr_index.html

Medscape Daily News
http://www.medscape.com/home

役に立つ!医学と健康の豆知識
http://med-info.jpn.org/top/igakukenko/jisyo/

日経メディカル オンラインメール
http://medical.nikkeibp.co.jp

じほうMRメールニュース
http://www.jiho.co.jp/mailnews/index.html

毎日2分でサクサク読む医療・健康ニュース
http://www.3bs.jp/index.htm

BTJ /HEADLINE/NEWS
http://biotech.nikkeibp.co.jp/BIO.jsp

m3.com 医療ニュース
http://www.m3.com/index.jsp

ACS SURGERY News
http://www.acssurgery.com

一番分量が多くて大変なのは(みんなそう思っているだろうけれど)BTJである。でも一番役立つ情報が多いのもBTJなのだ。…コマメに目を通すしかないか。パソコンの前で読もうと思うから時間が掛かるのだろうな。読みたいニュースは印刷して通勤時の電車の中などで読めば良いのだろう。今年はちょっとそういうやり方を実践してみようと思っている。

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2007年1月 4日 (木)

五体満足

私は独身シングル未産である(=昨今は独身でも子供がいるというケースも珍しくないので一応こうやって但し書きしておく)。結婚した経験は無く、その予定もない。出産した経験も無いし、その予定もない。だから子供を授かったときの気持ちや、これから子供が産まれるときの女性の気持ちというのは未経験なので判らない。でも誰でも共通して願うことは五体満足で健康に産まれて欲しいということだと思う。健康は何よりの財産であり、恵みであり、幸福なことだから。

けれども、障害を持って産まれてくる子供というのも一定数は必ず存在する。障害を持っている人を見かけたときに「可哀想」と同情することは決してそれ自体は悪いことだとは思わない。障害者は、なんてことのない当たり前の行動をするにしても、健常者の何倍もの時間や労力を要することが多い。それを「大変そう」だと思うこと、相手をいたわること、何か手伝いたいと思うことは人間らしい自然な気持ちだと思う。でも、もしそこに、「自分ではなくて良かった」、「自分の子供ではなくて良かった」という気持ちが混じってきたら、それは偽善や奢りになってしまう。街中で障害者を見かけると目をそらしたり、自分の子供に向かって「見るんじゃありません」と言ったりするのは、ちょっと違うだろうよ、と思う。

ずっと昔、もう、いつどこで読んだのか覚えていないのだが、とても印象深く心に残っている話がある。人間は本当は誰でもみんな平等に障害を抱えて産まれてくることになっている。100人いれば、それぞれが1%ずつ障害を抱えて産まれるハズになっている。あなたは指がなかったかも知れない。彼は目が見えなかったかもしれない。彼女は足が曲がっていたかもしれない。でもそれでは100%の健常人は1人も居ないことになる。だから神様は、多くの人が健康な生活を送れるように、99人分の障害を集めて、1人の障害者がすべてを肩代わりして産まれるようになさった。指が無くて目が見えなくて足が曲がって心臓に欠陥があって成長障害があって…1人で99人分の障害を背負って産まれる子供。障害者はあなたの分の障害を背負ってくれている人なのだ。あなたの分も、私の分も、あなたの隣の人の分も、すべてを背負って障害者として産まれてきて、必死に生きている人がいるのだ。

障害者に過度に同情する必要はないと思う。けれど、私が健康で五体満足なのは私が恵まれているからではなく、私が受けるはずだった分の障害を負ってくれた人が、この地球上のどこかに居るからと思えば、障害者に偏見をいだいたり排除しようとすることがどんなに貧しいことかと思わされる。これは、先天性疾患の話だけではなく、後天的な病気についても同じだと思う。生活習慣や食生活など、因果関係がハッキリしているものは別として、何も悪いことしていないのになぜこんな病気に、ということが有ると思う。それもすべて同じ話なんじゃないかと私は解釈している。一定の確率で誰かが病気になる。自分ではなくて良かった、障害者や重病患者には関わりたくない、見て見ぬ振りをしよう、という考え方の貧しさ。私自身が負うべき障害、私自身が罹ったかもしれない疾患を背負って生きている見知らぬ誰かが居る。その人に心から感謝せずにいられない。そして自分が当たり前に健康であることにも、ただ感謝するばかりである。

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2007年1月 3日 (水)

作業開始

ここ数日の先輩翻訳者さんたちのブログを拝見していると、記事タイトルがみんな「仕事始め」…。うーん。皆さんお正月も関係なくバリバリ働いていらっしゃるのだなぁというのが一つと、なんか私も同じタイトルで書くのもなぁ、というのが一つ。何せ元日のタイトルはみんな「謹賀新年」だし、、、、当たり前といえば当たり前なんだが。朝、まず顔を合わせたら「おはようございます」というくらい当たり前なのだが、、、。

で、そういう私も今日、3日から一応「おうち仕事」始め。でも仕事というより、実際のところまさしく「作業」といった感じ。エージェントさんからいただいた論文スキャンの画像ファイルをテキストに落とす作業をせっせとやる。12月にいただいた大型案件のほうももちろん少しずつ進めてはいるのだけれど、それとは別に定期案件の論文をお正月休み明けに納品しなければならないので新年の最初の作業はこちらの論文のほうになった。

テキスト化したファイルをトラツル子ちゃんに入れてザッと下訳するところまでで本日の作業は終わり。そういえば先日、トラツル子ちゃんでギリシャ文字が化けるという話を書いたら、私のパソコンの師匠でもある友達(プログラマー)から、直接入力すれば化けないんじゃないのか?と言われた。そのアドバイスを受けて、テキストファイルを読み込む形ではなく、トラツル子ちゃんに直接打ち込んでみたら、、、おお、本当だ、化けないではないか! ということはテキストファイルのほうで化けていたのか…。お粗末さまでした。でもワード→テキストファイル保存→トラツル子ちゃんで開く、というやり方をしていたので、ギリシャ文字やラテン文字が入る場合は、その部分だけワードから直接コピペしたほうが良いということになるのかな。まぁ数式などが山のようにある文章じゃないかぎり、普通はそんなにギリシャ文字に遭遇することはないから大丈夫だろう。

医学のあゆみ最新号(第5土曜日特集号)が面白そうなのだが、特集号は高いんだよねぇ。いつもは特集号以外のレギュラーのもの(1冊800円)しか購入しないのだが、特集号は5000円もするのだ。うーん。。。でも特集号まで買ってるとキリがない。そのうち図書館か会社で探してみよう。

http://www.ishiyaku.co.jp/search/details.asp?bookcode=286110

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2007年1月 1日 (月)

年頭目標

明けましておめでとうございます。今年の目標は、文章をなるべく短く簡潔に! こんな目標に取り組んだことは今まで一度もないのだけれど(=文章がダラダラ長くたってナニが悪い?と半ば開き直っていた)、やはりこの仕事をやる上で、簡潔明瞭な文章というのは避けて通れないと実感しつつあるので、ちょっと今年はその辺りに取り組んでみようかと。まずはブログの文章を短く書けるかどうかが試されるところだ。

年末休暇はぐーたらしているうちに終わってしまった。冬休み折り返し地点の今日からの年始休暇で少しキッチリ仕事しなくては。仕事始めの後にすぐに3連休があるとはいえ、あまり後半の時間をアテにしていると確実に修羅場を招きそうな仕事を請けているのだから、徐々に進めていかなければ。

2007年は出来れば小さなことからでも少しずつ変化を作っていきたいと思っている。慣性の法則が高くて変化を嫌う私にしてはかなりの心境の変化とも言える。でもまぁ同じことばかりやってて、自分はそれで良くても仕事が向上しないからねぇ。プライベートはともかくとして、仕事の巡り会わせには恵まれた2006年に感謝しつつ、2007年には大きく一歩前進したい。いつまでもぐーたらしていちゃいかんのだなぁ。

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