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2006年10月30日 (月)

処理能力

【編集後記】下記文中のワード数と文字数が違うのではないかというご指摘をいただきました。読み直したら、思いっきり間違えていました。ご指摘ありがとうございます! これを読まれる方は、どうぞ混乱なさらないよう…(といっても、読むと混乱すると思われます)。原文4000ワードと書いてしまったものは、仕上がり4000字のマチガイになります。まだまだ修行の足りない(計算方法もロクに判っていない)フリーランス未満翻訳者であります…。

【さらに編集後記】やっぱり自分で読み返しても混乱しそうなので、ざっくり修正を入れました。基本的に一度アップしてしまったものはなるべくそのままにと思っているのだけれど、数字は非常に混乱を招くし、自分で読んでいてもワケが判らなくなりそうなので。元々は「ワード数」と書いていたものが、実際には和訳の仕上がり日本語字数だったというのが大混乱の原因でありました。では以下、本記事へ…。

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今朝はヘロヘロのボロボロになった。まぁいつものこととも言えるが。処理量の目算を大幅に誤ったのは単なる自分のアバウトさが原因。別に処理能力を高く見積もっていたわけではなく、予想外に難しかったということでもなく、ただただ、ひたすら自分のテキトーな目算が原因。最終的にワードカウントして時間をきちんと計算したら、通常とおりの翻訳スピードで通常の処理量をこなしていた。なんのことはない、今回はプリントアウトした原稿をザっと眺めて、だいたい1時間でこれくらいずつ、全部で○時間で処理して午前3時に終了、そうすると30分単位ではこれくらいずつ…と勝手に思っていただけで、実際にはまったくワードカウントしていなかったのである。見た目だけで分量は判りませんて…>自分。

当然ながら30分単位でどんどん後ろに遅れていく。しかも、根拠無く午前3時に終わるつもりをしているので、遅れているくせに途中でメールチェックタイムだの夜食タイムだのを盛り込む。さすがに午前3時を回って、どうやらあと3時間は掛かるというのが判った時点でちょっと眩暈がした。でもまぁやるしかないでしょ。そして午前6時に終わって、読み直して、用語統一も確認して、メールアウトしてから初めてワードカウントしたのである。そしたら、1日処理量はいつもとおりなのだった。

英検1級に合格して、おそるおそる医学翻訳の分野に足を踏み入れた頃は、無理せずに処理できる(=自分自身が安心して仕事が出来る)量は、大体1日2000字くらいだった。いわゆる「仕上がり5枚」である。アルバイト程度の処理量だ。そのころの一応の目標は、1日4000字(仕上がり10枚)をコンスタントにこなせる翻訳速度を身に付けることだった。プロの翻訳量は1日4000~8000字(仕上がり10~20枚)と言われる。どちらかというと8000字寄り(仕上がり20枚)だろう。以前にお目にかかってお話を伺ったことのある薬学がご専門の翻訳者さん(前にブログにチラっと書いたけど、フリーランスになって3年間は休みナシだったとおっしゃっていた方。ちなみに今は某大手翻訳学校の講師をなさっている)は、1日10枚じゃ喰っていけない、とキッパリおっしゃった。そりゃそうよねぇ。仮に翻訳料が1枚1000円なら、仕上がり10枚の場合、1日1万円の稼ぎ、1枚1500円でやっと1日1万5千円の稼ぎ。生活が成り立たないよなぁ。20枚こなせれば、1日2万円~3万円の稼ぎになる。これなら生活していけることになる。

でも私の場合はまだ自宅での仕事がメインではないので単純計算はできない。始めから終わりまで全速力で作業をすれば、それなりの量はこなせるようになってきたけれど、それはあくまでも終わったら引っくり返ってノンビリ休めるから。ずっとフルスピードで翻訳し続けられるわけではない。そんなことしたら脳みそが火事になっちゃう。でも、火事場の馬鹿力的な全速力での処理量は確実に上がっていることを実感。昨日の仕事も、計ってみたら1日1万字(仕上がり25枚)はこなしていた。ただし瞬発力で勝負しているので3日ともたない。つまり「1日25枚、5日で125枚」ではなく、「5日で75枚、そのうち全速力2日くらい」という程度で見込んでおいたほうが良い。今夜もこれからダッシュで仕事をするわけだけれど、やっぱり3時には寝たいのであった…。

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閑話休題

思い切り無意味なつぶやき。なぜに私はこんな時間に起きているんだろうか。午前3時には仕上げて納品して寝るつもりだったんだけど…。大幅に下方修正。って、、、今からじゃ寝られないじゃないかーーーっ。でも寝る。

どこで計算を間違えたのかなぁ。2時には作業が終わって見直しをして3時には納品して、なんとかギリギリ8時まで意地汚く寝れば5時間は寝られる予定だったんだけど。作業終わったら午前6時ってどういうこと…。でもまぁその分、土日に先取りして寝てしまったと思えば良いのか。いや良くない。ううう。こんなこと書いてないで5分で良いから多く寝よう。会社で寝呆けること必至だ…。月曜朝イチ納品というのはなかなか大変である。(=だから土日に遊んでいるからいけないんだってば…)。今日さえ乗り切れば良いのであれば、このまま寝ないで会社に行ってもなんとかなる気もするが、明日の納品分もあるので、今夜の夜なべ作業ができないとおそらく間に合わない。というわけで続きは帰宅後にして、とりあえず今は寝ることにする。でもこんな時間まで作業していたことをどこかに叫びたくなったのだ。はぁー。未熟なヤツ。すでにパジャマに着替えるのもメンドーだ。。。

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2006年10月28日 (土)

略語調べ

どこの世界にも、その場でしか通じない、一種の隠語か符丁のようなものがある。専門用語とか業界用語というよりも、その集団の中で生まれた合言葉というか。デパートなどで店頭スタッフが、「3番行ってきます」でトイレに、「1番行ってきます」でお昼休憩に行ったりとか(あ、この数字はテキトーです)、飲食店で「2番です」と言ったらゴキ○リが出たことを示すとか(=お客さんに判らないように、それこそ隠語にするわけだ)。こういうのは調べるも何も、その場の人に訊かないと判りようがない。簡略した言葉というのは部外者にはサッパリ判らない。

困ったことに略語というのは正解が1つではなく、同じ略語にもいろいろな意味がある。人によってまず最初にどんな言葉を連想するのかはバラバラだ。PCBと言われると、なぜか私はまっさきにプリント基板を連想する。おそらく「PCB」で一番最初に覚えたのがプリントサーキットボードだったからだ。でももし環境系の文書の中に出てきたら、普通はポリ塩化ビフェニル汚染関係の話かな、と思うだろう。もし、ちょっと離席していて自分の席に戻ったときに、机の上に「PCB」と書いたメモが置いてあれば、それはもちろん、「Please call back」の意味だ。私自身、今までに何十回、何百回と、そう書いたメモを上司の机の上に置いている。略語はその時その状況に応じて変幻自在なところが便利でもあり厄介でもある。

社内翻訳の仕事をしていてありがたいのはその場ですぐに略語の意味が判ること。まぁ一般に使われているような言葉ではなく、その企業独自の略語というものが多いので、そんなものは外部の人間に判り得ないのだから、逆に教えてもらわなければ業務に支障が出て困る。でも企業内で仕事をしていて思うのは、自分が属する集団の中でしか通じないような言葉でも、それをほとんどの人はあまり意識していないんだなぁということ。スタンダードの概念が違うとでもいうのかな。自分たちが共有している(=自分たちが作った)言葉があまりにも(その集団の中に)浸透しすぎて、他所では通じないかもしれないということを忘れてしまうんだろうか。

定期案件としていただいている論文の翻訳の仕事で、今後は略語を使わないで欲しいというリクエストがあった。もちろん私が勝手に略語にしているわけではない! 原文が略語表記になっているし、下手に補足しないほうが良いのではないかと思っていたので、今までは略語のままにしていたのだ。そうしたら、エンドクライアントさんから、略語が多すぎて判りづらいので極力略語を避けて欲しいと言われたそうだ。…ってことは、これからは略語の意味を全部調べなきゃならないのね…(涙)。血圧、血算、心拍数、などなど、おそらく万国共通と思われる検査関係の略語なら何の問題もない(まさかWBCをワールドベースボール…とは誰も思わないだろう)けれど、特定疾患の特定検査、特定薬剤、特定症状などに略語が出てくると、「これ、この医師が作った略語なんじゃないのっ?!」と言いたくなるくらい、調べてもサッパリ判らないことがある。だからエンドクライアントさんも略語を使わないでくれと言うんだよなぁ、きっと…。それにしても略語多すぎ! どの分野にも専門用語と略語が山のようにあるとは思うが、略語辞典もあまり役に立たないことが多くて、理解不能度が一層上がってしまうのがなんとも悲しい。

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2006年10月25日 (水)

辞書変換

今のプロジェクト(=治験薬概要書)に入る前、PubMedからの論文訳をやっていたときは、それほど副作用に対して神経質ではなかったようで、MedDRAを使うようには言われなかった。というよりも、そこにMedDRAがあるんだから使わせて欲しいなぁと思いつつ、訳語にMedDRAを反映させなくて良いのでしょうか、、、とさりげなく控えめに訊いたところ、使う必要は無いとアッサリ言われてしまい、え~使いたいよぅ~と思いつつも使えなかった。でも治験薬概要書ではそうはいかない。MedDRA準拠必須である。当然のことだ。それは良いんだけど、それより何より驚いたのが、ななななんと、標準辞書としてMedDRAと英辞郎を使うようにという(部署の)お達しがあったことである!

薬事部からのお達しなのだけれど…、良いんですかね、そんなことで。いや私だって自分ではバリバリ使っていますですよ。ハードに入れて使えば、オンラインよりはるかに早いし便利だし簡単だし。もちろん他の辞書やグーグルで確認する必要はあるけれど、大抵の場合は串刺し検索で他の辞書の意味も一緒に見ながら確認できるので手間は掛からない。だけど英辞郎を標準で使うってどうよ?!

一応は社内翻訳者として仕事をしているわけで、失礼ながら英辞郎を鵜呑みにして翻訳をするようでは翻訳者として恥ずかしいと思っているので、標準だろうが基準だろうが他で検証しなけりゃ使わないつもりだけれど、コレって怖いなぁと思った。英辞郎の便利さはもちろん疑う余地もないし、全然ダメだと言っているわけではない。信頼性だけが不安なので裏取りをせずに使ってしまうことが怖いのだ。製薬会社が何の疑問も持たずに英辞郎に掲載されている用語をそのまま使っていたら…そりゃーコワイです。他にも医学領域でスタンダードと言われている辞書は山ほどあるではないか、それを差し置いて、なんでまたわざわざ…。これはやはり、先端分野の新語をどんどん収載していく辞書に軍配が上がるということなんだろうか。遺伝子とか免疫とか。ステッドマンの改訂には時間が掛かりそうだしねぇ。でもねぇ、新語は多くてもねぇ、その信頼性がねぇ…。

そうは言っても取り合えず標準とのことだし。最新版がデータベースにおいてあるし。各自インストールするようにとのお達しだし。ハードに英辞郎を落とした後、久しぶりにEPWing変換作業を行なった。自宅のパソコンでやったのは2~3年前だった気がする。あの時も随分と手こずったのだが、今回もやっぱり30分くらい掛かった。まったく辞郎形式のデータというのは不親切に出来ている。わざわざ判りづらく作っていると思うくらいだ。いろいろな形式の辞書があって、いろいろなインターフェイスがあって、ユーザーの好みに応じて各自が気に入ったもの、使いやすいものを選べるというのは良いことだと思う反面、辞書の形式が違うと、その変換作業はかーなーりー面倒である。全部統一規格にしてくれよと思いたくなる。その点ではやっぱりJamming優勢かなぁ。でもDDWinが好きなので手放せない。いずれ誰かがもっと便利なものを世に出してくれるかもしれないので(=他力本願…)、それまではせいぜい自分で作業しやすい形に変換して使っていくとしよう。

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2006年10月21日 (土)

訳文検証

昨日の話の続き。機械翻訳(自動翻訳ソフト)を使って訳文検証をしようと思うようになったのはわりと最近のことで、やはり英訳をするようになってからだ。和訳の場合は、自分の訳した日本語が、訳文として正しいかどうかはともかく(=もし原文の読み違いがあれば、当然、訳文は大間違いということになる)、「日本語として」正しいかどうかについては問題ないと思っているし、問題のあるような日本語を書いているつもりは毛頭ない。けれども、英訳となると、やっぱり自分の書いた英文が正しいかどうかは微妙~に不安なのだ。自然な言い回しとか文法とか慣用表現とか。果たしてネイティブが読んだときに違和感の無い英語になっているのかどうか。専門知識以外の、「英文として」正しいかどうかについては、やはり不安な気持ちになるのは仕方ない。そりゃもちろん、自分に出来る限りのベストな英文を書いているつもりではあるけれど、本当に100%問題なく正しく書けているかは判らないし、本音を言えば、ネイティブが読んだら直されちゃうんだろうなぁと思ってもいるわけで。

だから自分の書いた英文を検証したいと思っていた。英訳を納品する際にネイティブチェックをかけるという翻訳者さんもいらっしゃるけれど、残念ながら私にはそこまではできない。私と同じ英語学校出身で、英検1級を教えるスクールを一時期やっていた知人(今は閉鎖してしまったが)は、授業で使う読解問題などはすべてお金を払ってネイティブチェックをかけていたそうだ。私にはそういうことをお願いできそうなネイティブの知り合いもツテもないし、まだまだ仕事量もレートもすずめの涙なのに、ネイティブチェックにお金をかけること自体が現実問題難しい(=おそらく収入がなくなってしまう)。で、フと思いだした。以前に社内で治験薬概要書を訳していたときに、すべての翻訳が終わった後、バックトランスレーションをしたことを。アレをやればよいのだ。

社内で訳していたときに、やはり私と同じように派遣で社内翻訳の仕事をしている人がもう一人居て、その方と2人で分担して治験薬概要書の翻訳をしていたのである。ようやく全部終わって、「終わったぁぁぁぁぁ~~~!♪」と思った日に、上司から、じゃあ訳し終えた分を交代してバックトランスレーションして、と言われた。何のことだか判らなかった。終わったんですよ~♪と開放感に浸っていた私は、初めて聞く「バックトランスレーション」というのが何のことやら判らなかったのだ。内容を正しく翻訳できているのかどうか検証するために、別の人がもう一度訳しなおすこと、と言われて、もう一度同じ量を翻訳するのか!と目が点になった。でもまぁ、内容は頭に入っているし表現もかなり使いまわせる。それに、内容検証のための翻訳なので、ある意味、大意に影響しないような文法面は多少雑であっても問題ない(=本来の翻訳の成果物は、それこそ厚労省に出すシロモノなのだから、一言一句、神経を使うわけだが、バックトランスレーションのほうは社内チェック用なので、多少のことは気にしなくて良いのである)。そういうわけで、原文の英語を必死に和訳した日本語書類を、もう一人の翻訳者さんと取り替えっこして、今度は一気にガンガン英訳していった。なるほど、これがバックトランスレーションというものなのか、と思いながら。

訳文検証の方法として、バックトランスレーションは手間は掛かるけれど最適な方法だと思う。この時は社内翻訳ということもあり、訳者も複数いたのでこういう方法が取れたけれど、一人で翻訳作業をしているときに自分でバックトランスレーションをしてもあまり意味は無い(=勉強のためならば非常に有効だけれど、仕事では、ミスを洗い出すという本来の検証作業ができない。当の本人が元の意味を知っているので、勝手に記憶から補ってしまいかねないからだ)。バックトランスレーションはあくまでも当初の訳者以外がやらなければ検証にはならない。ので、機械翻訳の出番なのだな、私の場合は。文芸翻訳などでは使えない手だけれど、科学系の文章は基本的に単純で構造もシンプルなので、大意さえ取れれば検証できる。そんなわけで、以前はこんな利用方法のことは考えてもいなかったけれど、今は英訳の仕事は100%バックトランスレーション作業をしている(和訳のときは時間と相談しながら…という状況ですが)。自分の英語力が高ければそんな必要は無いのかなと思わないでもないが、でもやはり、検証作業自体はいずれにしても必要なのだし、翻訳ソフトの使い方としては、これ、かなり良い利用法だよなぁと思っている。

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2006年10月20日 (金)

機械翻訳

賛否両論というか、どちらかというと否定的意見が多いと思われる機械翻訳だけれど、私はかなりドップリお世話になっている。もちろん、機械翻訳にかけて、そのままハイどうぞ、と完全な訳文ができあがる「ワケ」がない(=ここは大きく強調しておきたい)。あくまで下作業であり、補助作業であり、料理でいうなら下ごしらえである。そして、機械翻訳に今以上のカンペキさを求めてもいない。そんなことされたら、近い将来、翻訳者は要らなくなっちゃうではないか、それは困る(笑)。まったく外国語が判らない人が使うものではなく、ある程度の外国語力がある人が、あくまでも補完的に使うツールとしては非常に便利だと思っている。

私が機械翻訳を使うのは、第一に単語調べのためである。辞書と同じだと思っているので、まず最初に原文まるごと機械翻訳に放り投げて「翻訳」ボタンをスイッチ・オン(=もちろんボタンを手で動かすわけではない、画面上の「翻訳」ボタンをクリックするという話である)。あとはお茶でも淹れながら数分待てば(分量によっては1分も掛からない)、全文一気に機械翻訳が仕上がる。もちろんこの段階では「読むに耐えない」訳文である。でも専門用語はほとんど正しく訳せているというところがポイント。機械翻訳で訳出できなかった特殊な専門用語のみグーグルでどんどん絞って調べていく(=その部分のみ、色違いの原文表記で残っているので、ググる必要があるのはどの単語なのか一目瞭然だ)。調べて裏取りをした単語は、機械翻訳のユーザー辞書にその都度どんどん追加していく。

この後は機械翻訳による訳文を参照しながら対訳ソフト上で訳していく。以前は翻訳支援ツールを使うのはこの段階までだった。対訳ソフトで訳し終えたら(用語統一もこの段階で済ませておく)、あとは目視チェック、読み直し、校正、レイアウト処理などをして納品となるのだが、最近は、ここで再び機械翻訳ソフトを使っている。訳文検証、つまりバックトランスレーションである。

自分が訳したものを再び機械翻訳ソフトに掛けてみる。原文と同じ意味の訳文が出てくればOK、出てこなければ何か情報が抜けている、文法が間違っている、スペルミスがある(漢字変換ミスがある)、時制が違う、思い込んで使っている用語が間違っている、などなど。英訳時のスペルミスならばワード文書にしたときにすぐに判るが、和訳時の漢字変換ミスはけっこう見逃しやすかったりして意外な盲点。他にも略語や単位、数値なども、表記方法を間違えていたりすると正しくバックトランスレーションに反映されないので、訳文を読み直すだけでは見過ごしそうな部分に気付くことも出来る。下ごしらえと最後の仕上げ作業。この両方に機械翻訳を使うようになって、少なくとも「誤解を与えかねない表現」とか「読み間違う可能性がありそうな紛らわしい言い回し」の心配はグっと少なくなったと思う。何といっても、おバカで単純な機械が正しく訳せるのは、簡潔明瞭な文章だけなのだ。必然的に、翻訳する際には単純明快な判りやすい訳文を書かざるを得ない。これって結構大事なことなんじゃないかなぁと思っている。

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2006年10月12日 (木)

重箱の隅

10年以上前の話になるが。私が某医療機器会社に勤めていた頃、どういうわけだか私は薬事担当者だった。小さな会社だったのでアレもコレも兼務しなければならなかったのも事実だが、私は貿易事務のハズなのに…と思いつつ、厚生省(当時)に申請書類を持っていったりしていたのだ。よく考えれば「担当者」という名前の使い走りだったワケだが(笑)。この業界の方にとっては言うまでも無いことだが、製薬と医療機器では、薬事の大変さには雲泥の差がある。医療機器の薬事なんて、製薬に比べたらチョチョイのチョイである。当時はそんなこともロクに判っていなかったが、チョチョイのチョイ程度の業務量しかないので、私みたいなペーペーでも一応は「薬事担当者」なんぞというものになっていた。

そのぺーぺー担当者である私が厚生省に書類を持っていったときのこと。ようやく順番を呼ばれて書類の受理をお願いしようとしたら、中身を確認していたお役人サン、「ここ(厚生大臣の氏名をタイプアップしたところの横)に下線がないですね。下線がないとサインできません。下線を引いて、再提出してください」と言ったのである。…ブチ切れそうになった。さんざん人を待たせておいて、誤字脱字などならまだしも、下線だぁ!? そんなもん、そこにある定規とボールペンでササっと引けばいいじゃないのっ! それとも何かっ、大臣ってのは下線が無いと署名する場所も判断できないほどの無能なのかっ! 会社に戻って書類を作り直して、またここまで来るのに電車賃いくら掛かると思ってんのよっ! アンタらの給料は私たちの税金から出てるんでしょっ!!! 

…とその場で言ってやろうと思ったのだが、モロに表情に出ていたらしく、同行した上司にすかさず止められ(要するに上司はそのお役人サンにぺこぺこ「はい、すぐ作り直して持ってきます」と平謝りしたのである)、帰り道に必死になだめられた。私はなかなか怒りが収まらず、これが薬事という仕事なのか、お役所仕事なんて重箱の隅をつつくようなイヤミな仕事なのだ、と頭の中に刷り込まれてしまった。というわけで、薬事絡みの仕事が苦手になってしまったのだ(=単純、笑)。

前に社内翻訳で概要書を訳したときにも、機構の書類はやっぱり重箱の隅のように思えていた。ところが、である。今の仕事で機構の書類を丁寧に読んでいると、ごせつごもっとも、と唸らされてしまうことが多々あるのだ。10数年の間にお役所仕事が少しは変わったのか、それとも、あのとき下線を引けと言ったお役人サンがちょっと例外だったのか(=こっちだと思いたい)。あるいは私が少しは成長したのかしら(…うーむ、それはどうだか…)。とにかく、人体に、いや、人命に関わることなのだから、重箱の隅の隅までつついて当然なのだ。よくぞこんなに細かいところまで指摘してくれました!と、今の私は半ば感心しながら、せっせとお役所書類を読んでいる。

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2006年10月11日 (水)

膨大な量

書きたいことは山ほどあるのだけれど、このところ若干お疲れ気味でうまくまとめられない。そもそも、私は何も無くても書くことには事欠かない(=何もなくても、延々ダラダラと書き続けられる)のである。書きたいことが山ほどあった日には、それこそ、まとまらないまま、怒涛のように書けてしまうのだけれど、親しい友達に遠慮会釈無く書いて投げつけるのと同じ感覚でブログを書くわけにもいかず。書きたいことがいっぱいあるというのも困ったものだ。

今週から治験薬概要書の翻訳プロジェクトに入った。たくさん書類があるんだろうなと思ってはいたけれど、想像以上だった。ハンパじゃない。秘書をしていたときに、概要書を丸1本、外注の翻訳に出したときには、参考資料も含めてダンボールで書類を送ったことがある。その比ではない。別の会社で社内翻訳で治験薬概要書を訳したときにも、参考資料だの添付資料だの、やはり山ほど書類があったけれど、その比でもない。

なぜなら、できあがった治験薬概要書を訳すプロジェクトではなく、今回は「これから治験薬概要書を作る」プロジェクトなのだ。山のような基礎資料、SASデータ、図表、質問項目、回答項目、当局からの指導内容。1本の治験薬概要書を作るためのステップに関われるというのは非常に面白い貴重な経験になると思うのだが、それにしても、この膨大な資料の山。もちろん片っ端から訳せるほど私は有能なわけでもなく、今後、海外本社とのやりとりに必要な資料を上司の指示のもとで訳しながら、概要書を作り上げていくことになる。

製薬会社の正社員として翻訳に携わっている方々は、きっと何本もこうやって治験薬概要書を作ったりなさるのだろうなぁ。出来上がった治験薬概要書を訳すのは、意味も判らず右から左に訳す作業のような気がして(=意味が判らずに訳せるのか私は…。と自分で突っ込んでみる)、どちらかというと私にとっては苦手分野なのだが、作り上げる段階から携わると、なぜその試験をしたのか、なぜその説明が要るのか、その説明が無い場合はどうして問題なのか、そのあたりが非常に明確に判ってくるので、背景を具体的に思い描きながら訳すことができる。これってかなり大きい。概要書の文章の一つ一つが持っている意味をきちんと把握できるようになりたいし、このプロジェクトが終了するときには、治験薬概要書に対する苦手意識が薄らいでくれると良いな、と思う。

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2006年10月 5日 (木)

読めない

先日は読んでも意味不明の原稿の話をしたけれど、今日は読めない原稿に少々焦ってしまった。私がお請けしている定期案件の論文は、エンドクライアントさんが翻訳エージェントさんにFAXで原稿を送り、エージェントさんがそれをPDF化して私にメールで送ってくれるのだが、すでにFAX受信時に曲がっていたり字がつぶれていたりかすれていたりで、いずれにせよきれいにテキスト抽出できるとは思えない状態。本音を言うとそこで一手間かけて、読み取り可能なPDF(テキスト化が可能なもの)にして欲しいとは思うのだけれど、画像処理のPDFとして私に送られてくる。そのPDFを受信した後に、私はテキスト化して翻訳作業に入るわけだが。

今回の論文は、もともとの字がそんなに小さかったわけではないのに、つぶれかかっている字が多かった。句読点の「。」がほとんど「.」になっているような状態。なので画数の多い漢字はかなりつぶれかかっている。もちろん、前後の文章があるし、何よりも普通の日本人だったら判読には困らない程度だけれど。でもスキャンで読み取ると化け化け状態になるようなシロモノ。

ところがところが。一ヵ所だけどうしても判らない。医学用語ではなく普通の表現部分である。どうみても(ちょっとつぶれてはいるけれど)この漢字だろうと思われる字なのだけれど、そんな熟語は聞いたことがない。ググっても出てこない。広辞苑やネットで大辞林を引いても該当なしである。日本語なのに判らないなんてどうしよう! 当然、日本語が判らないのだから英訳など出来るはずがない。あるいはつぶれかけて別の字になっている? それにしても、母国語の原稿で読めない・判らない表現に出会ったのは初めてで、軽い衝撃を覚えてしまった。もちろんこのままでは作業できないのでエージェントさんに連絡して、元原稿の確認をお願いした。すぐにお返事をいただき、元原稿もつぶれているのでちょっと判読しずらいけれど、おそらくは推測した漢字はタイポではないか、そして意味合いとしては、私が推測したもので良いだろうとのこと。

タイムやエコノミストに出てくる見知らぬ単語を辞書で引いても出てこなくて、これは原稿のスペルミスに違いない、ということに初めて気が付いたときには、案外あのあたりの雑誌にもタイポがあるというのが意外だった(=でも、ネットで読む場合は割とちょくちょく遭遇する)。おかげで、和訳の際の英文原稿でヘンな単語が出てくるとスペルミスだろうな~と思って進めてしまえるのだが、日本語の原稿でのタイポには慣れていなかった(=第一、熟語であれば普通は打ち間違えようがないと思う。漢字変換を一語ずつ行なったということなんだろうか…)。タイムのときにもそうなのだが、それがスペルミスなのか、あるいは単に自分が知らないだけの単語なのか、今一つ自信が持てなかったりする。今回の熟語も、私の知らない日本語熟語なのかと思って内心ちょっと焦ってしまったのだ。タイポで良かった…。翻訳者には母国語力が大事と言われるけれど、母国語原稿でこの有り様では本当に困る。行き着くところは読書量ということかなぁ。

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2006年10月 2日 (月)

バラツキ

今年もあと3ヵ月。年頭の目標は「今年中に完全フリーランスに」ということだったけれど、またもや下方修正が必要かなぁ。うーん。ぼちぼちトライアルに合格するようになってきたし、それなりにお仕事の打診もいただくのだけれど、ほとんどが論文またはその周辺のお仕事なので、分野を限定しすぎるのが問題なのか、途切れなく仕事が来るという状況には程遠い。しばらくパタっとお仕事の依頼がなかったり、依頼が来ると(私にとっては)かなり難易度の高い論文だったり。コンスタントに均してお仕事があれば良いのだけれど、どうしてもバラツキがあるのは仕方ないとはいえ、なかなか大変なものだなぁ。フリーランスでは当たり前なんだろうけど。

ちょうど演奏会の前後にはパタっとお仕事が切れていたので、コレ幸い(?)と仕事以外のことに集中できていたのだけれど、先週からまとめて仕事がきて、今週は連日ちょこまかと納品が続く。平行して大きな論文も来ているので、そちらも少しずつ作業を進めていかないと、これはさすがに一夜漬けでは無理。

この調子ではまだまだフリーランス1本でいくなんて難しそうだし、宮使えも当分は続けることになりそうだ。会社の仕事のほうは、ちょっと別のプロジェクトに入ることになった。苦手な治験分野である。でもまぁ、これは会社勤めではなくてはできない経験なので、文字通り修行させていただくつもりで頑張ろう。フリーランスで治験関係書類をまるごと請け負うなんていう芸当は私にはまだまだ出来ないし、今そんなことをやったら撃沈するのは目に見えている。依頼する側として、フリーランスの翻訳者さん1人にまるごと全部依頼したという経験があるけれど、そういう優秀な翻訳者を目指して、社内での治験文書の翻訳に取り組ませていただこうと思う。社内翻訳は、文字通り、なんのバラツキもなく(納期も品質も)、一定のレベルで安心して仕事が出来るのが最大の利点なのだから。

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