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2006年6月10日 (土)

青春時代

なんだかものすごくベタなタイトルで失礼します。いわゆる「青春」っていうのはいつからいつまでを指すんだろうか。翻訳しているときなど、例えば患者が完全に成人である場合は何も考えずに訳していけるが、子供の場合は表現がいろいろあって厄介だ。乳児、幼児、小児が、正確なところ、一体何歳から何歳を指すのかは意外と一律ではないようだし、思春期、青春期、青年期については、もう何歳なのやらサッパリ判らない。お国事情というのか、教育制度や社会環境によっても違ってくるかもしれない。でも総じて、青春というのは学生や社会人なりたてホヤホヤ(もしくは社会人になって最初の数年間くらい)を指すのではなかろうかと私は思っている。これはまぁ、翻訳するときの話であるが。

でも現実に青春という言葉の定義は大きく転換してきている気がする。晩婚化、非婚化、NEET、パラサイトなどなどが珍しくなくなって、誰もが当たり前に結婚して家庭を持って子供を育てて親になるという世の中ではなくなってきた。思うに、子育てをすることとか親になるということ、あるいは親を扶養したり介護したりするという辺りが、ある意味、青春期の1つの区切りなんじゃないかと私は思っている。時間やお金を自分独りだけのために自由自在に使えているうちは、年齢に関係なく30代でも40代でも50代でも青春謳歌ということになるのではなかろうか、と。別に良い悪いということではなく、ほかに枷がなく「やりたい」という気持ちだけで行動を決めることができるのは青春ということなんじゃないかと思うのだ。(子育てや親の面倒を一括りに「枷」と決め付けているわけではないが、少なくとも金銭的時間的制約は生じると思う)。

それにしてもなぁ。。。うーん。明日は試験だ(、、、と急に話が飛ぶ)。ある生徒さんの話を聞いて実は私は少し凹んでいる。勉強しても勉強してもあと少しのところでなかなか合格しない、こんなにお金も時間も注ぎ込んでいるのに、今まで一心不乱に勉強だけに取り組んできたのに、もう疲れてしまった、もう放り投げたくなった、ちょっと小休止したくなった、いったんスパっと勉強を止めてパ~っと遊びたくなった、おしゃれもしたい、美味しいものも食べに行きたい、恋もしたい、映画や音楽も楽しみたい、もっと楽しいことをいっぱいしたい、勉強だけだった私の青春を返してー!、、、というようなことを言っていた、、、らしい、、、という話を別の生徒さんから聞いたのである。はぁぁぁぁぁぁ。なんというか、、、気持ちは判らなくも無い、何しろ英語の勉強は長丁場。とくに、日ごろ英語を使う機会がまったく無い人にとっては、机上の勉強だけではやったそばから忘れていくことも多いだろうし、なかなか自分で学習の成果を実感することもできなくて、勉強がつらくなってしまうのも判る。でも好きでやっているんでしょう・・・。誰に強制されたわけでもなく、それこそ自分の意思で、自分の青春を懸けているんじゃなかったの・・・。私も小学生を相手にしているわけではないし、勉強したくないという気持ちの人のお尻を叩くわけにもいかないし(その必要も無いし)、ただただ、残念だなぁと思いながら見ているしかない。でも本当にもう一歩のところまで来ている人がこういうことを言っているのかと思うと非常に残念だし、なんだか判らないけれどこちらの気持ちが凹む。

ちなみに(前にも書いたけれど)教えている私が一番年下なのだ。上記のことを言っていた生徒さんは、私よりも10歳年上の方である。青春って・・・。何歳くらいを指すのかなぁ。。。

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コメント

青春、ですか。いい言葉の響きですね。親になっても青春している気がします(家内から「我が家の森田健作」と言われています)。子供の前でも♪青春は~と歌ってあきれられています。これも気持ちの持ち方次第でしょう。当の本人は国会議員になっても青春しているように思います。

「勉強だけだった私の青春~」発言は単なる愚痴では?別に勉強しながらでも映画を見に行ったり、おいしいものを食べに行ったりは十分に可能でしょう。気持ちの切り替え方がうまくないのでしょうか?実際、学生時代は実習と試験の連続でしたが皆それなりに部活をenjoyしたり、飲み会や麻雀に明け暮れたりそれぞれの青春を謳歌していたように思います。

 明日のために鋭気を養っている最中に思ったことを書いて見ました。

投稿: SRI | 2006年6月10日 (土) 18:14

勉強との葛藤、よく分かります。
語学の勉強なんて終わりがないんですもの。
終わりがないことを楽しまなくちゃ、続きませんね~、勉強って。
結局ずーーっと勉強できる人ってマイペースな人かもしれませんね。

生徒さんが年上ってやりにくいですね……。
snowberryさんすごーーい(*^_^*)
明日、生徒さんの実力が全部出し切れたらいいですね。
(私は基本的に資格試験は合否より自分の満足不満足が大事です。不合格でも自分の実力を出し切って満足なら「してやった感」が得られるので。自己満足ですが)


投稿: ucho | 2006年6月10日 (土) 18:38

>家内から「我が家の森田健作」と言われています

奥様スゴイ! 座布団3枚差し上げますとお伝えください(笑)。だって本当にそんな感じですもんねー。

>「勉強だけだった私の青春~」発言は単なる愚痴では?

そうかも知れませんね、そのほうが私としても気が楽ですけど。結局は(今回のことに限らず)モノゴトは自分次第なので、周囲がとやかく言うことでもないですし。私もとやかく言ってるわけじゃないんですが、合格まで見届けたいという気持ちが強かった分だけ(そして合格は目の前だと思っていた分だけ)、私が勝手にガックリ来ちゃってるんですよね。SRIさんは明日はぜひぜひがんばってきてください!

投稿: snowberry | 2006年6月10日 (土) 20:07

>語学の勉強なんて終わりがないんですもの。
>終わりがないことを楽しまなくちゃ、続きませんね~、勉強って。

uchoさん、こんにちは。そうそうそう! そうなんです、たまたま試験には合否という区切りはありますが、でも語学には終わりはないしエンドレスに続くこと自体を楽しみたいし、好きでやってるんだから楽しめるハズだと思うんです。

>私は基本的に資格試験は合否より自分の満足不満足が大事です。

おっしゃるとおり! 私も一級合格まで足掛け5年も掛かりましたけど、受験するたびに前回よりも必ず点数が上がっていることが嬉しくて(もちろん点数ではなく、これだけ読めるようになったとか、これだけ聞き取れたとか、そういう実感が形になって現れていることが、です)、ぜんぜん焦らなかったし、途中でイヤになるということは無かったんですよねぇ。確かに合否は重要だけど、それだけじゃ空しいと思う。

私自身が簡単にパっと合格したわけではない分、合格に向けて苦労している方の気持ちはそれなりに判るつもりなんですけど、いや~なかなか、難しいものですね。でもとにかく明日はみんなに頑張ってきて欲しいので念力を送るぞー!と思ってます(笑)。uchoさんにも念力送っておきますね(次回10月受験分ということで、笑)。

投稿: snowberry | 2006年6月10日 (土) 20:21

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