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2006年4月30日 (日)

拾い読み

私にとって会社勤めの最大のメリットは、そのへんに無造作に転がっている医学雑誌を自由に読ませてもらえることである。個人じゃ購読できませんって、こんなに多種多様の高額な医学雑誌は。これまでに仕事をさせていただいた製薬企業の中でもっとも大手の部類にあたる会社は、自社ビルのなかのワンフロアがまるごと図書室だった。昼休みによく入り浸っていろんな医学雑誌を手に取ったものである。どんなに小さな製薬企業でも、小さくても必ず図書コーナーがあり、医学書や医学辞典や医学雑誌がズラリと並んでいて自由に読むことが出来る。ちなみに私が今お勤めしているところは、図書室とは別に、休憩室(みんなが好き勝手に昼食をとったりする場所である)に書架があり、医学雑誌が文字通り無造作に転がっている。皆さんここでランチ食べながら雑誌を広げるんでしょうかね。。。

外国人付き秘書をしていたときは上司宛に山のように欧文医学雑誌が送られてきて(もちろん定期購読しているからである)、その整理も私の仕事だった。それにしても上司の読むスピードと来たらすごかった。いや、読んではいないのだ、ペラっとめくってザッと眺めて、ハイおしまい、という感じである。ちっとも読んでないじゃん。こんな高い医学雑誌なのにそんな読み方で良いのかーっ!と当時は思ったけれど、考えてみたら隅々までいちいち丁寧に読んでいたら日が暮れる。必要なところだけ自分にインプットされればそれで良いということだ。ましてや上司のように専門知識を持っていて、自分に必要な情報とそうでないものとの取捨選択を的確にできる人であれば、チラっと眺めるだけでそれが判るから充分なのだ。

私がタイムを定期購読していたときの話だが、最初のうちは、購読料がもったいないし一冊まるごと生きた英語の教材なのだから隅々まで読まなければ!と思って全部読もうとしていた。当然ながらすぐに挫折した。まったく読み進まないうちに翌週号が届いてしまう。そのうち「積ん読」になり、封も切らずにタイムの山が出来た。最終的には、上司がしていたように、ザっと眺めて興味のある記事や特集だけ切り取って電車の中などで読むようにして、残りは次々と捨てた。タイムやエコノミストや医学雑誌などは、基本的に「情報誌」なのだから、必要な情報だけ拾い読みすれば良いのだ。それなのに、「医学知識の勉強になるかも」とか「英語の勉強になるかも」と欲張って全部を読もうとすることがそもそもの間違いだった。

読書は「文章を味わう」もので、その表現の奥深さ、行間にあるもの、全体像の広がりを読み取って味わうものだと思う。だから読書によって想像力や洞察力や人間性が育まれるのだろう。でも情報誌にそんな味わいはないし、そもそも無味乾燥に無機質に書かれているのだから単純に書かれている事実だけを拾っていけば良い。そして私が文章を訳すときも、単純に判りやすく(=どう読んでも誤解を生じない文章という意味だ)事実を淡々と表すようになっていれば良い。このところ私は拾い読み専門状態で、文章を味わうということをしていない。必要なカロリーを計算されたバランス栄養食ばかり食べているようなもので、見て楽しみ香りを味わい食事時間を心から楽しむような食べ方をしていないようなものかもしれない。

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