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2006年1月11日 (水)

患者と消費者

医学の分野は広い。ニキビの治療にも歯石のクリーニングにも医学は要る。だからやっぱり医学分野ということになるけれど、どちらかというと、そういった、生死に関わらないような状況の場合、私は個人的に「医者と患者という関係」はなんだか不自然に思う。歯医者に行った帰りにお会計で「お大事にどうぞ」と言われても、別にどこもいたくもかゆくもないしさ、と思ったりする。抜歯して麻酔が効いて口元がボワ~ンとしていたときは、そう言われて、あー私って患者さんなんだわ、と思ったけど。本当に具合が悪い場合以外は、「お大事にどうぞ」の言葉が浮いて聞こえる。「患者」という言葉には、なんとなく「いたわって接しなければならない」という響きが感じられる。でもそれは本当に具合が悪い場合だけなんじゃないかと思う。

別に生死への関わり方で優劣をつけるつもりはないけれど、命に関わらない症状での「医者と患者の関係」は、「サービス業従事者と消費者」の位置関係のほうが適切に思える。医者が患者に媚びる必要は無いけれど、命に別状がなければないほど、患者は消費者として傲慢になる。医者は患者を「お客様」として扱わなければならなくなる。

言いたいことがうまくまとまらないけれど、患者という立場での消費者の傲慢さ(と不勉強さ)には辟易する。先日の英訳文書はそんな内容がテンコモリだったので訳していてウンザリし不愉快な気持ちになった。1回服用したら1ヶ月くらい効き目があると良いだの、瞬時に劇的に効果の出る薬が欲しいだの、副作用ゼロの薬はないのかだの。要求がひとつ叶えられる(=とりあえずの不快な症状が治まる)と、次から次に新しいことを要求するのは典型的な消費者心理だ。でもちょっと待ってよ。副作用ゼロなんてありえるわけ無いでしょうが。主作用(=効果)だけが明確にパキっと現れて副作用ナシで、しかも1ヶ月以上も効果が持続するって、なんじゃそりゃ。例えるなら、瞬時に劇的に美しく染まる毛染めで、髪の毛以外にはどこにも付着しなくて、手についてもすぐに洗い流せて、髪の毛につけたものは洗髪しても1ヶ月くらい色落ちしない、とか? んなもんあるかよ。以前ドラえもんだったかな、のび太くんが、1回磨いたら1年くらい磨かずにすむ歯磨き粉が欲しいと言って、そんな製品を開発したら売れなくて(だってチューブの中身が減らないじゃないの!)会社がつぶれる、というような話があったような・・・気がする(それともドラえもんじゃなかったかな)。でも、泳いでも泣いても落ちないけれど水洗顔ですぐに落ちるウォータープルーフのマスカラとかもあったっけ・・・消費者の怒涛の要求はどこまで行くのやら。

日本人は概して自分の体のことに不勉強で、病気についての知識もない、とよく言われるけど、本当にそうだなぁと少し悲しく思った。1ヶ月も効果が持続する薬なんて肝臓に負担が大きそうで怖すぎる。私なら飲みたくない。

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コメント

笑っちゃいました。
入院している母、命に別状がなくなったころから、この腰の痛みがピュッとなくなる薬はないですか? 飲んだらすぐにこの手がピュッと上がるようになる薬ないですか? なあんて言うもんだから、お医者さんが苦笑いして逃げちゃう。同室のおばあさまがたがみんなこんな調子だから、たまらんわと看護師さん。
どこも同じですね。(^^;)

投稿: CSA | 2006年1月12日 (木) 07:23

入院患者さんというのはそれだけで普段とは違うストレスや不安感を抱えているから、そういう多少のワガママ?というか無謀な(笑)要望が出ちゃうのも仕方ないんでしょうけどねぇ。でも確かに病棟のお医者さんや看護師さんは大変でしょうね。

でも、そういう正真正銘の(?)患者さんの要求ならまだ判るんだけど、私が今回訳してたのはもっとごく一般的なものだったので、余計に「貪欲な消費者」って感じがしたんですよ。消費者だと自覚してればマシなんですけど。

お母様の看病、大変でしょうね。CSAさんもご自愛くださいね。ご無理なさらないよう。

投稿: snowberry | 2006年1月14日 (土) 06:51

以前書き込みさせていただきました、さやです。ごぶさたしております。

わたしは歯科で助手をしていますが、ときおり「患者って身勝手なものだなぁ」と感じます。せっかくきれいにスケーリングしたのに、一週間してみたら元の木阿弥になっていたりとか…
治療はされる側とする側の協力関係があって初めて成功するものですよね。でもされる側でいたときは私も、「病院にいけば治る」→「治してくれて当然」というふうで、本当に自己中心的でした。今になって反省してます。
たしかに医療はサービスにちがいないんですが、たとえば美容院や何かとはまたちがう類のサービスだと思うんです。患者が受身でいるだけでは思う結果には近づけないんですよね。そういう部分の相互理解が深められればいいのになぁと思います。

投稿: さや | 2006年1月19日 (木) 14:53

さやさん、こんにちは。歯科助手をなさっているいんですか!おお、医療の現場の一種ですね!

>せっかくきれいにスケーリングしたのに、一週間してみたら元の木阿弥になっていたりとか…

うっ、それは私のコトかも・・・。きっと私が通っていた歯医者さんも呆れていただろうと思う・・・。

医療とサービスの区切りって本当に難しいと思います。極端な話、例えば、治療のための胎児の遺伝子選択は許されても美容のための遺伝子選択は許可しない、でもいったん技術的に可能になったらどこで線を引くのか。命に関わる部分では患者も必死でより良い治療のために考えたり勉強したり医療サイドに協力したりするのが普通でしょうけれど、命に別状が無いと、とたんに不勉強な消費者になっちゃって、「医療サイドと協力して良い治療結果を出そう」とはしなくなるんですよね。お客様はワガママだし。(歯石のクリーニング(あ、スケーリングというのですね)を任せっぱなしの私もワガママってことだわ!)

そうそう、来週英検を受験されるのですよね、頑張ってくださいね!

投稿: snowberry | 2006年1月20日 (金) 23:36

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