会話嫌い
翻訳関係の仲間との食事会があり、参加してきた(=というよりも、言いだしっぺが私なのだが)。メディカルライター協会のセミナーがあり、仲間内から出席者が何人か居たので、せっかく同じ場所で集まるのだからセミナーの後に食事でも、という話になったのだ。ちなみに今回のセミナーは私が以前に取ったものと内容的に近いものだったため、私自身はセミナーには不参加。
私以外にも、セミナーのほうは都合がつかなくて参加はしないけれど食事会には参加したいという人もいたので、バラバラでも集まれるようにお店だけ決めて現地集合。みんなほぼ時間とおりに集まった。全員が初顔合わせ。にも関わらず、そこは翻訳仲間同士なので話はアレコレ弾む。個人的には今回のセミナーが新しい臨床講堂ではなく、古い臨床講堂で行なわれたという話がすごくビックリしたのだけれど。あそこはねぇ、冬は冷房完備、夏は暖房完備で(笑)すばらし~くレトロな講堂なのだ。いまだにあの会場でセミナーをやっていたとは、、、う~んオドロキ。セミナーの内容や感想などをワイワイ話した後は、話題はそれぞれの仕事に移った。特許事務所で仕事をしている方、フランス語のほうが得意で英語の医学論文を読むときは一旦フランス語に脳内変換してから和訳するという方、さまざまである。
そんな中で、すごーくビックリしたのが英会話が嫌いだというRさんのお話。英語が好きで英文科卒、英語を聴くのも好きでラジオのAFNを聴くのが楽しみ、英語を読み書きするのもOKだし、英語のプレゼンや資料を(声を出して)読み上げるのも問題ナシ。だけど英会話だけがとにかく嫌い、、、というのである。これは目が点というか、そんなことがあるのか!?と非常にビックリ、新鮮で摩訶不思議だった。Rさんが言うには、自分の意見を求められるのが苦痛なのだという。ふ~むむむ。なんか判る気がする。「べつに…」とか、「どちらでも良いです」とか、「特に意見はありません」とかが許されないのが英語圏の文化。実際には「べつに…」と言っている人にも自分の好みや意見はあって、どうでも良いわけではない。それをいちいち主張することに慣れていないというか、主張することが苦痛だというのは、まぁ判らなくもない。私はどちらかというと、日本のそういう曖昧な文化のほうがメンドーに感じるタイプで、ハッキリすっぱり二者択一みたいな英語圏の発想は嫌いではないし、英会話の「キッパリ感」みたいなものが好きなのだ。その「シロクロはっきりしたがる英語文化」が苦手だと思う気持ちは判る。でも、英語の読み書きが好き、翻訳が好き、英語を聴くのも好きで、なのに英会話が嫌い??? どどどどーなっているんだ、それは? 英語を聴くのも話すのも両方イヤ、というのならまだ判る気もするのだけれど。極端な話、プライベートな付き合いやプライベートな会話をまったくしなくて良いのであれば、Rさんは海外に住むことも海外で働くことも、英語スキル的にはまったく問題ないし、仕事上の英会話は苦ではないそうだ。ところが(プライベートな)英会話が嫌い・・・。そんなことが有りえるのか・・・。
私も英会話は好きではないほうなのだけれど、単に比較の問題として読み書きのほうが何倍も好きだということと、英会話に限らず、そもそも人に会って会話をすることがあまり得意ではないので、英会話だろうと日本語会話だろうと青森語会話だろうと、私は苦手なほうである。だけどRさんは日本語会話や日本語おしゃべりは問題ないそうだ。人に会うこと自体がイヤなわけではないらしい。なのに英会話は嫌いだという。う~ん! 摩訶不思議としか言いようがない。いやはや、語学との付き合い方って本当に人それぞれだ。
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